日本歴史地名大系 「丸谷村」の解説
丸谷村
まるたにむら
- 宮崎県:都城市
- 丸谷村
応永一九年(一四一二)三月二〇日の島津久豊宛行状(樺山文書)によれば、久豊が島津安芸守(樺山教宗)に給分として与えた島津庄日向方のうちに「薄壇」がみえる。明応四年(一四九五)六月二一日には、島津庄
丸谷村
まるたにむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
応永一九年(一四一二)三月二〇日の島津久豊宛行状(樺山文書)によれば、久豊が島津安芸守(樺山教宗)に給分として与えた島津庄日向方のうちに「薄壇」がみえる。明応四年(一四九五)六月二一日には、島津庄
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...