久下田城跡(読み)くげたじようあと

日本歴史地名大系 「久下田城跡」の解説

久下田城跡
くげたじようあと

[現在地名]二宮町久下田、茨城県下館市樋口

五行ごぎよう(勤行川)右岸段丘上に位置する平城で、河連かわづら城・臥牛がぎゆう城ともいう。本丸・二の丸・三の丸からなり、主要部分は下館しもだて樋口ひぐちにあるが、西方出丸の一部が久下田に属する。茨城県指定史跡。「下館町郷土史所載の城絵図によると、城郭の東裾を巻くように五行川が東流、急崖上の台地に本丸・二の丸が築かれ、二の丸の南に家老屋敷・家中屋敷が並び、西・南には幾重にも堀をめぐらす。


久下田城跡
くげたじようあと

[現在地名]下館市樋口

勤行ごんぎよう川右岸の急峻な台地上に位置する。常陸下野の国境付近にあり、古くから両国を結ぶ交通の要衝であった。生牛城とも称し、県指定史跡。

天文一四年(一五四五)下館城主水谷正村(蟠竜斎)が結城氏に対抗した宇都宮氏に備える拠点として築城といわれ、「水谷蟠竜記」は「同年の十月、蟠竜結城へ申上る様は、其父宇都宮旗下中村玄角を討とる故に宇都宮取返さんと心懸る。下館に住居にては取返さるるも治定に候之間、久下田に新城を築き宇都宮を防き可申。さて又、様子能候はゝ御下知を以宇都宮を討取申度候と仰上給へは、政勝其義尤と仰けり。故に蟠竜頓て天文十三年十月廿日に縄張をなされ霜月三日迄に惣堀を究め、先小屋懸をなされ移り給ひ」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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