那須資胤(読み)なす すけたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「那須資胤」の解説

那須資胤 なす-すけたね

?-1583 戦国-織豊時代の武将
天文(てんぶん)20年兄高資が宇都宮広綱(ひろつな)に殺されたため家督をつぎ,下野(しもつけ)(栃木県)烏山城主となる。陸奥(むつ)会津(あいづ)(福島県)の蘆名盛氏(あしな-もりうじ)や白河の結城義親(ゆうき-よしちか)らと攻防をくりかえした。天正(てんしょう)11年2月11日死去。通称次郎,修理大夫。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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