コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

那須資胤 なす すけたね

2件 の用語解説(那須資胤の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

那須資胤 なす-すけたね

?-1583 戦国-織豊時代の武将。
天文(てんぶん)20年兄高資が宇都宮広綱(ひろつな)に殺されたため家督をつぎ,下野(しもつけ)(栃木県)烏山城主となる。陸奥(むつ)会津(あいづ)(福島県)の蘆名盛氏(あしな-もりうじ)や白河の結城義親(ゆうき-よしちか)らと攻防をくりかえした。天正(てんしょう)11年2月11日死去。通称は次郎,修理大夫

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

那須資胤

没年:天正11.2.11(1583.4.3)
生年:生年不詳
戦国時代の武将。修理大夫。政資の子。那須氏は中世において,下野国(栃木県)那須郡を根拠地にして活動してきた武士団である。天文20(1551)年,資胤は兄高資が宇都宮広綱らに殺害されたのち,その家督を継ぎ,烏山城主になった。資胤は勢力を接する会津の蘆名盛氏や白河の結城義親と長らく攻防を繰り返した。また自軍の大関高増が佐竹氏と結んで離反するなど,苦戦を強いられる時期もあった。周辺に強力な戦国大名が存在するものの,よく下野国東北部に勢力を維持して,生涯を乗り切った。

(伊藤喜良)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

那須資胤の関連キーワード蜂屋大膳大夫朽網鎮則修理大夫上杉朝興那須資晴那須資房那須高資結城顕頼結城直朝(2)結城政朝(2)

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone