久津八幡宮(読み)くづはちまんぐう

日本歴史地名大系 「久津八幡宮」の解説

久津八幡宮
くづはちまんぐう

[現在地名]萩原町上呂

上呂じようろ地区の南端、字宮田みやたにある。主祭神は広旗八幡大神(応神天皇)、ほかに明治四一年(一九〇八)合祀した一八社の祭神、天照皇大神・久久能智神・三峯神等を祀る。旧県社。社伝によると仁徳天皇の頃武振熊命が飛騨の両面宿儺征討の途中当地で応神天皇を祀ったのが始まりとされ、平治元年(一一五九)源義平が飛騨に入り、鎌倉鶴岡八幡宮の分霊を勧請したと伝える。

応永一九年(一四一二)八月一五日、飛騨国領主と称する白井太郎俊国によって「久津八幡宮」の本殿(棟札とも国指定重要文化財)が再建された(「社殿造立棟札」当社蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

デジタル大辞泉プラス 「久津八幡宮」の解説

久津八幡宮

岐阜県下呂市にある神社。4世紀頃の創祀とされる。祭神は応神天皇、天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、春日大神。本殿は国の重要文化財、夫婦スギは国の天然記念物指定

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