…
[辺境伯領の形成]
10世紀はじめにドイツ王国が成立すると,国王オットー1世は,ウェンド人に対する防衛のため,この地域に辺境領ノルトマルクを設けた。辺境伯ゲロGero(?‐965)は,940年ごろエルベ川以東を征服し,キリスト教化の拠点として司教座ブランデンブルクを建設したが,その後ウェンド人は反乱をくりかえし,983年,ドイツ人はエルベ川の線まで後退を余儀なくされた。1134年,アスカニア家AskanierのアルブレヒトAlbrecht der Bär(?‐1170)が,このエルベ以西(アルトマルク)の辺境伯に封ぜられると,彼は57年までの間にエルベ川以東のスラブ人を再び服属せしめ,またさかんに北西部ドイツから移民を誘致して村や町を建て,みずからブランデンブルク辺境伯と称した。…
※「げろ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月節 (12月前半) のことで,太陽の黄経が 285°に達した日 (太陽暦の1月5日か6日) に始り大寒 (1月 20日か 21日) の前日までの約 15日間...