コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

五木の子守唄 イツキノコモリウタ

デジタル大辞泉の解説

いつきのこもりうた【五木の子守唄】

五木村一帯に伝わった民謡。年貢代わりに働く子守娘の悲しい境遇を歌った子守唄

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

いつきのこもりうた【五木の子守唄】

熊本県球磨(くま)郡五木村の子守唄。子守唄には子守娘がみずからの薄幸な境遇を嘆く内容のものがあり,五木のはそれである。かつての農山村では貧しい娘たちは恵まれない子守女としての年季奉公を勤め,その悲しい日々の生活心情を基盤に,この種の子守唄は伝承されてきている。第2次大戦後レコードに吹き込まれてから大流行したが,地元のものとはやや曲節の違ったものになっている。【仲井 幸二郎】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

いつきのこもりうた【五木の子守唄】

五木村の子守り奉公の娘たちが歌った子守唄。もとはこの地方の臼うす唄。

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

五木の子守唄
いつきのこもりうた

民謡の曲名。熊本県球磨(くま)郡五木村で子守奉公に出された娘たちが、背中の赤ん坊をあやしながらわが身を嘆いて歌ってきたもの。源流は不明であるが、この地方の農作業唄で、「甚句(じんく)」を臼唄(うすうた)にでも利用したものの再利用と思われる。五木では、江戸時代末には33軒の地頭(旦那(だんな)ともよばれる)が村を支配しており、一般の村人は名子(なご)とよばれ、地主と小作人の関係を結んでいたことから、娘を子守奉公に出すことは、なかば義務づけられていた。歌詞と節のもの悲しさに興味が集まり、1951年(昭和26)古関裕而(こせきゆうじ)編曲のものがNHK熊本局から「お休みの前に」で連日放送されて各地で歌われだし、53年に照菊(てるぎく)の唄で全国に広まった。[竹内 勉]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

五木の子守唄の関連キーワード大江 美智子(2代目)五木五家荘県立自然公園熊本県球磨郡五木村子守唄の里 五木五木(村)竹内音丸

今日のキーワード

間が持てない

1 時間をもてあましてどうしたらよいかわからない。「待ち時間が長すぎて―◦ない」2 途切れがちの会話などを、うまくつなぐことができない。「無口な相手で―◦ない」[補説]文化庁が発表した平成22年度「国...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

五木の子守唄の関連情報