翻訳|arrangement
音楽用語で,ある楽曲を異なった演奏形態に作り変えること。原作に忠実なものから,パロディや大幅な独創性を加味したものなど,その用途や目的によって多くの種類がある。オペラのボーカル・スコアや交響曲のピアノ編曲などでは原作に忠実であることが求められ,この場合はとくにリダクションreductionなどの語が用いられる。
西洋では,とくに15,16世紀以降,編曲は重要な作曲手段となった。15世紀前半のドイツの世俗歌曲を収めた写本《ロハマー歌曲集》を鍵盤曲に編曲したパウマンKonrad Paumann(1415ころ-73)の《オルガン奏法の基礎》(1452)は有名で,14~16世紀のこのような鍵盤楽器やリュートに合わせた歌曲の編曲形態をとくにインタボラトゥーラintavolatura(イタリア語)と呼ぶ。また,世俗曲の旋律がミサ曲の定旋律にしばしば用いられて,とくに《ロム・アルメL'homme armé》の旋律はデュファイ,ジョスカン・デ・プレらによって取り入れられた。バロック時代において編曲は新たな意義をもつに至る。コラールの旋律を基礎にモテット,カンタータ,幻想曲,前奏曲などを作曲するいわゆるコラール編曲が盛んに行われ,たとえばJ.S.バッハのカンタータ《目覚めよと呼ぶ声あり》(BWV140)は代表的な例である。そのほか,J.S.バッハはビバルディらの作品を数多くチェンバロ(ハープシコード)用に編曲している。また,ビバルディの《四季》の《春》を編曲したコレットMichel Corrette(1709-95)のモテット《主をほめたたえよ》のような例もある。
古典派以降ではハイドンやベートーベンによる多くの民謡編曲とともに,リストの一連の〈パラフレーズparaphrase〉のように交響曲やオペラのピアノ編曲が盛んに行われた。これは音楽が愛好家全般に開かれたものとなったことを示している。ピアノ曲を管弦楽に編曲することも盛んになり,ラベルによる《展覧会の絵》の例は有名である。A.ウェーベルンによるJ.S.バッハの《音楽の捧げもの》から6声部のリチェルカーレの編曲は音色に対する新たな意識を示している。
ジャズやポピュラー音楽においては編曲者の役割が大きく,ソングライターsongwriterとそれに伴奏や楽器編成をつけるアレンジャーarrangerは独立している。ジャズの場合,演奏においては編曲譜を用いるのがふつうであるが,編曲譜をもたず,リーダーが口頭で指示を与えるヘッド・アレンジhead arrangeという方法もある。またシンセサイザー音楽のように,もとの旋律を電気的に合成,変形させて新たな音響印象を生み出しているものもある。
執筆者:西原 稔
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
楽曲の演奏形態や旋律、リズム、歌詞などを目的に応じて改編すること。とくにジャズやポピュラー音楽ではアレンジと称してよく用いられ、曲のウェイトを左右するほどの手法になっている。
西洋の芸術音楽では、18世紀以降、作曲家と作品の間に密接な関係が確立されてから、著作権の問題とともに、編曲行為そのものの意味が明確に意識されるようになった。編曲はその種類や度合いにより、原曲に忠実なものから、編曲者の創造的要素が加わったものまでさまざまな段階に分かれる。まず単なる練習や学習、家庭における演奏などのために、オペラや合唱曲、交響曲などを重要な変更を加えないまま小編成のものに書き改めるものがあり、ピアノ抽出譜Klavierauszung(ドイツ語)やボーカル・スコアなどがこれにあたる。
次に原曲に解釈、敷衍(ふえん)を加えたものがある。〔1〕楽器編成を小規模なものから大規模なものへと変えることによって、音色面、構造面などに新解釈を加えたもの(ラベルによるムソルグスキー原曲のピアノ曲『展覧会の絵』の管弦楽化)。〔2〕既存の楽曲の骨格を保ちながら他のジャンルに移したもの(声楽曲の器楽曲化、またはその逆。カンタータやミサ曲などで歌詞を変えるパロディー手法など)。〔3〕原曲に新たに伴奏を付加したり実体そのものに介入するなど、本質的な変更を加えるもの。〔4〕原曲の旋律などを素材として新しい楽曲を構成すること(単旋律聖歌やコラール、世俗歌謡などを定旋律とした多声声楽曲、リストのピアノ・パラフレーズ作品など)。
なお変奏曲も一種の編曲と考えることもできるが、変奏曲は主題の変容過程そのものに焦点をあてる手法のため、編曲とは区別される。また、同一作品の改訂、未完作品の補足などともいちおう区別されている。
[土田英三郎]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…楽器法instrumentationと同義に扱われることもあるが,楽器法が広く個々の楽器の性能とさまざまな音色を効果的に選択,結合する技術一般にかかわるとすれば,管弦楽法orchestrationは歴史的観点から,特に17世紀中期以降の,使用楽器が指定された比較的大規模な管弦楽曲に関して言われる。ただし,もともと鍵盤楽曲や室内楽,歌曲として発想された作品を管弦楽化する場合は編曲といい,一般には管弦楽法の語は用いられない。管弦楽法は,最初の着想の時点から管弦楽としての可能性が顧慮されている場合,あるいは,もとの作品の語法が基本的な変更を受けることなしに管弦楽化される可能性を含む場合にのみ使われる言葉である。…
…小説や論文など,原著作物の内容や雰囲気を保ちつつ,適切な訳語を選び,みずからの文体を構築していくことは翻訳者の創作的な精神作業である。クラシックの楽曲を軽音楽化するなど,既存の楽曲に依拠しつつも,これを変形する編曲も二次的著作物の作成に該当する。絵画を彫刻にしたり,彫刻を絵画のかたちで表すなど,既存の著作物を他の表現形式をもって表す変形も,既存の著作物を脚色したり,映画化するなどの翻案も二次的著作物の作成となる。…
※「編曲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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