京町本丁北端地域(読み)きようまちほんちようほくたんちいき

日本歴史地名大系 「京町本丁北端地域」の解説

京町本丁北端地域
きようまちほんちようほくたんちいき

京町本丁北側の東西通りは、出口御番所を抱え重要な機能をもつが、明治期以降も正式名称が付けられないで今日に至る。この通りの北側と京町土居および土居外側の空堀との間に武家屋敷が配置され、京町本丁通で東と西に二分される。空堀および土居の築造は寛永一一年(一六三四)一二月一二日「京町に外郭を空堀とし、大土居を築き、並木に松を植えるために縄張りす」とあり、また「寛永十六年出京町堀成る」とあり(肥後近世史年表)、この地の武家屋敷や出口勢溜、京町出口番所なども同じ頃に整備成就したと推定される。京町出口番所および勢溜は熊本城下の玄関口的機能があったため、南北四四間・東西二九間半の広さをもち、さらにその北端は土居と空堀でくぎられ、その先端に番所および出口門が東向きに作られ、江戸時代末期には出口門をくぐり、鉤形に曲がり空堀を渡る所に定小屋があり、続いて出京町になる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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