日本歴史地名大系 「仏光寺八幡別院」の解説 仏光寺八幡別院ぶつこうじはちまんべついん 滋賀県:近江八幡市八幡町孫平治町仏光寺八幡別院寺内西町(じないにしちよう)通の西側、滋賀県近江八幡市孫平治(まごへいじ)町にある。真宗仏光寺派で、近世には西方(さいほう)寺と号した。本尊は阿弥陀如来。寺蔵の由緒書によれば、聖徳太子による建立で、嵯峨天皇の代には勅願寺となったともいう。さらに由緒書は建長年中(一二四九―五六)諸国に疫病が流行したとき、比牟礼(ひむれ)荘一三村の住人が恵心の描いた阿弥陀如来絵像一三幅を模写して、比牟礼社(現日牟礼八幡宮)社前で念仏会を行ったところ、疫病の蔓延は鎮まったという仏果を記している。しかし「蒲生郡志」などによれば、この念仏会が催されたのは延徳―明応年中(一四八九―一五〇一)のことと考えられ、また幾つか残る法会に用いられたと伝える絵像は仏光寺系の阿弥陀尊像で、この頃に京都仏光(ぶつこう)寺(現京都市下京区)末になったと推定される。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by