内科学 第10版 「代謝と栄養」の解説
代謝と栄養(総論(代謝・栄養の異常))
代謝・栄養の基本要素である栄養素は,3大栄養素とされる糖質(炭水化物:carbohydrate),脂質(fat),蛋白質(protein)と,ビタミン(vitamin),無機質(mineral)に分類されている.さらに水分(water)が,代謝には不可欠である.そして,代謝は大きく,①生命活動に必要なエネルギーに変換する過程,②組織や細胞の構成分子および機能分子を産生する過程,③脂肪あるいはグリコーゲンの形で蓄積する過程,の3つに分けられる.
(1)代謝
個々の栄養素の代謝については,各項目を参照していただくこととし,本項では全身の代謝過程の概要について述べる.
a.エネルギー代謝
総エネルギー消費の55~65%が基礎代謝,約10%が食事誘導性熱産生,そして日常生活や運動に25~35%のエネルギーが使われる.エネルギー摂取とエネルギー消費の不均衡によって,体重の増減が起こり,肥満やるいそうを引き起こす.基礎代謝や食事誘導性熱産生は大きく変動することは少ないため,総エネルギー摂取の変動には,全体の25~35%のエネルギー消費を占めるにすぎない日常生活や運動を増減させて対応することになる.
b.3大栄養素の代謝
ⅰ)個体における3大栄養素の代謝
全身の代謝過程は,食事との時間的関係によって,absorptive phaseとpost-absorptive phaseに分けられる.absorptive phaseとは,体内の細胞が直前の食事によって得た栄養素を使ってエネルギーや細胞の構成分子・機能分子を獲得している時間帯である.post-absorptive phaseとは,体内の細胞が蓄えていた物質から変換された栄養素を使ってエネルギーや細胞の構成分子・機能分子を得ている時間帯である.一般的には,睡眠中はpost-absorptive phaseであり,食事と食事の間の時間帯の後半もpost-absorptive phaseであるが,食事のタイミングと内容によっては,absorptive phaseのまま次の食事に移行することもある.
absorptive phaseでの代謝過程の概要を図13-1-2にまとめた.食事で摂取された炭水化物および蛋白質は,唾液腺や胃底腺から分泌される外分泌酵素や塩酸,さらには小腸粘膜細胞表面に存在するα-グルコシダーゼなどによってグルコースなどの単糖とアミノ酸に分解され,小腸から取り込まれる.小腸から取り込まれたグルコースやアミノ酸は,上腸間膜静脈から門脈を経て,肝臓に達する.グルコースの一部は肝臓に取り込まれグリコーゲン合成の基質となり,肝臓を通過したグルコースは肝静脈から全身循環へ入る.absorptive phaseで主役を演じるホルモンは,膵β細胞から分泌されるインスリンである.インスリンは,グルコースからのグリコーゲン合成を促進する.血糖値の上昇は濃度勾配に従った細胞への糖の取り込みを増やす.さらに骨格筋および脂肪細胞に存在するインスリン応答性の糖輸送担体(glucose transporter type 4:GLUT4)は,これらの細胞・組織でのグルコースの取り込みをインスリン依存性に増強させる.一方,肝臓に達したアミノ酸の一部は,肝臓においてほかの不足したアミノ酸に変換される.また,体循環に入ったアミノ酸は全身の細胞に運ばれ,細胞構成成分やホルモン・酵素などの機能分子の産生に使用される.細胞のこれらの過程の多くがインスリンによって増強され,細胞での消費が増大する結果,アミノ酸の細胞での取り込みも増える.
また,脂肪は胃液や膵液中のリパーゼで消化され脂肪酸とモノグリセリドとなった後,胆汁酸とともにミセルを作り小腸から吸収される.そして小腸吸収上皮細胞内で脂肪に再合成され,カイロミクロンとなって,リンパ管に入った後,胸管を経て体循環に入る.その多くは,脂肪細胞に蓄積される.
一方,図13-1-3に示すpost-absorptive phaseでは,膵α細胞から分泌されるグルカゴンや副腎皮質から分泌されるグルココルチコイド,副腎髄質などから分泌されるアドレナリンが大きな役割を演ずる.血糖値の低下によって分泌されるグルカゴンは,肝臓においてグリコーゲンのグルコースへの分解とアミノ酸からのグルコース新生を誘導し,血中へグルコースを放出する.糖新生は一部腎臓でも行われる.また,骨格筋でもグリコーゲンの分解が起こり,骨格筋自身のエネルギー源となる.脂肪細胞は,遊離脂肪酸を血中に放出し,骨格筋など全身の細胞でのエネルギー源を供給する.また,空腹状態が長く続くときには,肝臓に到達した脂肪酸は,ケトン体となり,脳の神経細胞でのエネルギー源ともなる.
このように,食事摂取という外界とのかかわりあいのなかで,生体の代謝状態は,各栄養素が互いに連関しながら,ダイナミックに変動している.
ⅱ)細胞における3大栄養素の代謝連関
こうした代謝を実際に担う細胞内では,解糖系,アミノ酸代謝,脂肪酸代謝が相互に連関し,クエン酸回路,β酸化,電子伝達系を介してエネルギー基質を供給するとともに,細胞構成分子・機能分子の産生が行われている.図13-1-4に示すように,グルコースの解糖系産物であるピルビン酸は,クエン酸回路の基質になるとともに,アラニンの前駆体としてアミノ酸合成にも供給される.また,ピルビン酸はクエン酸回路に入った後,その中間体の形でクエン酸回路から出て,アミノ酸に変換される.またアミノ酸の多くがピルビン酸あるいはクエン酸回路中間体となってクエン酸回路を回り,オキサロ酢酸からホスホエノールピルビン酸となって,グルコース新生に向かう.アラニンやグリシンは,ピルビン酸を経てオキサロ酢酸になり,グルタミン酸やグルタミンはαケトグルタル酸となってクエン酸回路に入る.一方,解糖系中間体のグリセロール3リン酸は,グリセロールの前駆分子となり,解糖系と脂質合成系をつないでいる.また,脂肪酸はミトコンドリアに運ばれてβ酸化を受け,アセチルCoAとなってクエン酸回路に入った後,ATPを生成する.さらに,グルコース由来のアセチルCoAは,マロニルCoAあるいはヒドロキシメチルグルタリルCoA(HMG-CoA)となって,脂肪酸あるいはコレステロール生成への出発点となっている.このように,3大栄養素の細胞内での代謝も相互に連関しながら行われており,その中でアセチルCoAが集約点としてあるいは分岐点として中心に位置している.
c.ビタミンおよびミネラルの代謝
ビタミンおよびミネラルは,生体内ではほとんど産生されないため,体外から補給する必要があり,補酵素としてあるいは酵素の構成成分として,重要である(表13-1-4,13-1-5).わが国では,通常の生活を営んでいる人にこれらの明らかな欠乏状態が生じることはまれであるが,何らかの疾患を抱えている患者などでは,めずらしくはない.また,ビタミンAなどは過剰状態でも疾患を招くことがある.
(2)栄養
上記のように,5つの栄養素の代謝によって,エネルギーや生体の構成成分・機能分子が生産される.そして栄養の不足あるいは過剰は健康を害し,さまざまな疾病を引き起こす.そこで,わが国においても1970年から「日本人の栄養所要量」,そして2004年からは新たに「日本人の食事摂取基準」が厚生省および厚生労働省において策定されている.最新のものとしては,2009年に「日本人の食事摂取基準(2010年版)」が公表され,2010年から2014年まで使用することとなっている(www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/sessyu-kijun.html).その概要について記載する.
a.エネルギー摂取基準
年齢層ごとに基準身長と基準体重を設定し,その基準値を有する男女において,3つの身体活動レベルに分類して,エネルギー必要量が表13-1-6のように設定されている.身体活動レベルⅠ(低い)は,生活の大部分が座位で静的な活動が中心の場合,身体活動レベルⅡ(ふつう)は,座位中心の仕事だが,職場内での移動や立位での作業・接客など,あるいは通勤・買い物・家事,軽いスポーツなどのいずれかを含む場合,身体活動レベルⅢ(高い)は,移動や立位の多い仕事への従事者,あるいは,スポーツなどの余暇における活発な運動習慣をもっている場合,とされている. 前回2005年版と比較し,高齢者を中心に推定エネルギー必要量の設定は増加している.
b.炭水化物摂取基準,蛋白質摂取基準,脂質摂取基準
炭水化物によるエネルギー摂取比率を総摂取エネルギーの50%以上70%未満にすることが,目標値として設定されている.ただし,最近では,炭水化物の摂取量をより低めに設定する方がよいとの意見もある.蛋白質の摂取については,推定平均必要量は成人で0.72 g/kg体重/日,高齢者で0.85 g/kg体重/日とされ,基準身長と基準体重を有する成人男子で1日50 g,女子で40 g,推奨量が成人男子で1日60 g,女子で50 gと設定されている.また,脂質については,総摂取エネルギーに占める脂質による摂取エネルギーの比率を20%以上30%未満にすることが男女共通で目標量として定められている.
c.ナトリウム摂取基準
平成17年および18年国民健康・栄養調査における成人(18歳以上)の食塩摂取量(中央値)は男性で11.5 g/日,女性で10.0 g/日であった.このデータをふまえ,ナトリウム摂取(食塩相当量)に関しては,目標値として,成人男性9 g/日,女性で7.5 g/日が定められている.世界保健機構および国際高血圧学会では,6 g/日未満を勧めているが,日本人においてQOLへの影響やほかの栄養素摂取量に好ましくない影響を及ぼす無理な減塩には注意すべきであるとされている.[石原寿光]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報