日本歴史地名大系 「伊勢別街道」の解説
伊勢別街道
いせべつかいどう
- 三重県:総論
- 伊勢別街道
東海道
応永二五年(一四一八)の将軍足利義持の参宮に随従した花山院長親は「耕雲紀行」に、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
東海道
応永二五年(一四一八)の将軍足利義持の参宮に随従した花山院長親は「耕雲紀行」に、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…四日市の追分で東海道から分岐し,神戸,白子,上野,津,松坂,小俣などを経て山田に至った。このほか東海道の関から津までを伊勢別街道と呼んだ。伊勢街道はとくに江戸時代伊勢参宮客でにぎわい,宿々には遊郭が繁盛した。…
※「伊勢別街道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...