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似雲 ジウン

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デジタル大辞泉の解説

じうん【似雲】

[1673~1753]江戸中期の僧・歌人。安芸(あき)の人。西行を敬慕し、諸国行脚(あんぎゃ)の生活を送った。著「磯の浪」「年並草」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

似雲 じうん

1673-1753 江戸時代中期の僧,歌人。
寛文13年1月2日生まれ。37歳のとき安芸(あき)(広島県)宮島の浄土真宗光明院で出家。京都で武者小路実陰(さねかげ)に歌学をまなび,師の歌論の聞き書き「詞林拾葉」をあらわす。西行をしたって各地をめぐり,河内(かわち)(大阪府)弘川寺に西行塚を発見し,西行堂を建立した。宝暦3年7月8日死去。81歳。安芸出身。俗姓は河村。通称は金屋吉右衛門。法名ははじめ如雲。号は春雨亭など。家集に「としなみ草」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

似雲

没年:宝暦3.7.8(1753.8.6)
生年:延宝1.1.2(1673.2.18)
江戸中期の歌人。幼名長松。伏見屋彦兵衛,木屋喜右衛門と称す。法名如雲とも。安芸広島の商人河村彦右衛門の次男。幼時より学を好む。8歳で母を失い,継母を迎え,異母弟が生まれたことから次第に遁世の思いを募らせる。父の死後,厳島の光明院にて出家,上京した。武者小路実陰に召されて邸に住居するを得,実陰の膝下で本格的に歌学を修めた。一代の宗匠の指導を得て,詳細な聞書『詞林拾葉』を編んだことによって,近世歌学史にその名を留めるに至る。実陰邸を辞して以降の後半生は,「今西行」なる呼称を体現した漂泊の人生である。享保6(1721)年以降,似雲のたどった足跡は厳島から東北まで非常に広範囲におよんでいる。17年に河内石川郡の弘川寺に西行塚を見出したのを契機に自らを西行に擬する思いは漸く強固な保証を伴うに至った。弘川寺に西行堂を建て,自らの草庵を近くに結び,生涯をおおう歌文集『としなみ草』を西行堂に奉納するなど,やや奇矯ともいえる行動は,西行思慕の念の発露とはいえ,冷ややかにみられる一面も有していた。晩年は和泉踞尾に隠棲,西行塚の傍に葬られるよう遺言した。『としなみ草』はほとんど唯一にして最大の伝記資料である。<参考文献>秋末一郎「似雲法師略年譜」(『国学院高等学校紀要』21号)

(久保田啓一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

じうん【似雲】

1673~1753) 江戸中期の歌僧。別号、虚空庵ほか。安芸あきの人。武者小路実陰に師事。西行に私淑し、諸国を行脚して「今西行」と呼ばれた。著「年並草」など。

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