カロン(その他表記)Charon

翻訳|Charon

デジタル大辞泉 「カロン」の意味・読み・例文・類語

カロン(Charōn)

ギリシャ神話で、冥界めいかいの川の渡し守。みすぼらしい身なりの老人で、死者から渡し賃をとり船に乗せる。
(Charon)冥王星の第1衛星。1978年に発見された。名はに由来。直径が約1200キロで主星の直径(約2300キロ)に対する比では太陽系で最大。このため冥王星との二重惑星だとして、2006年には惑星への格上げ論もあったが、逆に冥王星が準惑星に格下げされた。

カロン(François Caron)

[1600ころ~1673]滞日オランダ商館長オランダ船員として来日、日本婦人と結婚。通訳となり、出島商館長を務めた。のち、東インド会社で東洋貿易に従事。著「日本大王国志」。

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精選版 日本国語大辞典 「カロン」の意味・読み・例文・類語

か‐ろん

  1. 〘 名詞 〙かろう(河漏)
    1. [初出の実例]「河漏、かろんとも云、蕎麦切の事也」(出典:随筆・関秘録(1761‐64頃か)五)

カロン

  1. ( François Caron フランソワ━ ) 江戸前期、平戸のオランダ商館長。日本女性と結婚し、日本・オランダ貿易の確立に努力。日本に関するオランダ人最初の書「日本大王国志」を記す。(一六〇〇‐七三

カロン

  1. ( Charōn ) ギリシア神話に登場する冥界の川の渡し守。みすぼらしい身なりの老人で、冥界と上界の境界の川ステクス(あるいはアケロン)を船で渡して死者を冥界へ送り込む。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カロン」の意味・わかりやすい解説

カロン
Charon

準惑星である冥王星にある最大の衛星。 1978年にアリゾナ州フラグスタッフにあるアメリカ海軍天文台のジェームズ・W.クリスティとロバート・S.ハリントンが望遠鏡で発見した。半径は 625kmあり,冥王星の半分よりも大きい。質量は冥王星の 10分の1を少しこえる。冥王星と比べてカロンの半径と質量が大きいので,科学者のなかにはこのシステムを連星と考える人も多い。この衛星の名前は,ギリシア神話のカロンからとられている。カロンは冥王星のまわりの半径1万 9640kmの円軌道を 6.3873日で運動している。2天体の間の重力相互作用により,カロンの軌道周期は冥王星の自転周期に同期しているので,カロンは常に冥王星の決まった半球に面している。さらに,カロンは,他の衛星と同様に自転周期が軌道周期と同じであるため,みずからの同じ半球面を冥王星に向けている。人工天体はこれまでに冥王星とカロンまで飛行したことがなく,このシステムに関するすべてのデータは地球近傍からなされた観測によっている。カロンからの反射光の解析により,その表面は主として水の氷に覆われており,冥王星にみられる凍結したメタンとはきわだって異なっている。また,カロンの相対的に低い反射率 (平均的アルベドが 0.35) は,彗星のちりのような暗い物質の存在を示している。 1990年代から,冥王星とカロンは,海王星をこえたところにある氷の彗星状天体がリング構造をなしているカイパーベルトの一員であると考えられるようになってきた。カロンは冥王星の唯一の衛星であったが,2005年ハッブル宇宙望遠鏡を使った観測により,カロンより遠いところに小さな二つの衛星が発見された。

カロン
Caron, François

[生]1600. ブリュッセル
[没]1673.4.5. リスボン港沖
江戸時代初期の平戸オランダ商館長。元和5 (1619) 年東インド会社船で平戸に来着,オランダ商館に勤務 (26~39) 。日本語,日本事情に精通した。商館長となり (39~41) ,M.ル・メールと交代。その間,バタビア総督の使節 P.ノイツの通訳として江戸におもむく (27) 。常にオランダ貿易の擁護に努めた。寛永 18 (41) 年,日本人の妻と所生の子女を伴いバタビアにおもむき,次いで本国に帰った。インド顧問官として再びバタビアに赴任 (43) 。ハーグでコンスタンチャと再婚 (44) ,以後台湾長官 (44~46) ,バタビア商務総監 (47~50) を歴任して帰国。フランス東インド会社首席理事として3度東洋におもむいたが,帰国の途中海難にあい溺死。著書にバタビア総督の質問に答えた『日本大王国志』 Beschrijvinghe van het machtigh Coninch-rijeke Japanがある。

カロン
Charon

ギリシア神話における冥府の川アケロンの渡し守。醜い老人で,ぼろを身にまとい,死者たちから1オボロスの渡し賃を取立て,舟に乗せるが,漕ぐ役も死者たちにさせると信じられた。埋葬のとき口に1オボロスを入れてもらわなかった死者は,カロンの舟に乗せてもらうことができないとされた。

カロン[ランプサコス]
Charōn of Lampsakos

古代ギリシアの史家。ヘロドトスの先行者といわれる。前5世紀レイオス1世時代に,ギリシア,ペルシアなどの物語風な歴史を書いたと伝えられるが,現存しない。

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百科事典マイペディア 「カロン」の意味・わかりやすい解説

カロン

肥前(ひぜん)平戸のオランダ商館長。ブリュッセル生れ。19歳でオランダ東インド会社船に乗り組み,1619年平戸に到着。オランダ商館の下級使用人から身を起こし,1628年の浜田弥兵衛の事件で通訳として活躍。幕府高官の信頼を得,1639年から1641年まで日蘭関係の最も危険な時代に商館長を勤めた。1645年出版の《日本大王国志》は徳川家光時代の政治・経済・社会の鋭い分析で有名。後にその東洋通をフランスのコルベールに見いだされフランス東インド会社の理事となる。1673年帰国途上リスボン港で難破し死んだ。
→関連項目幸田成友モンタヌス

カロン

ギリシア神話で冥府の川の年老いた渡し守。死者の霊から1オボロスを受け取って運ぶという。
→関連項目ステュクスハデス

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「カロン」の意味・わかりやすい解説

カロン(François Caron)
かろん
François Caron
(1600―1673)

江戸初期の平戸(ひらど)オランダ商館長。ブリュッセル市に生まれる。1619年オランダ東インド会社船に乗り組み、翌年バタビアに至る。26年(寛永3)平戸オランダ商館助手となり、以後通訳、商務員を経て、39年館長に就任(~41年)、ポルトガルの勢力を排除しオランダの対日貿易独占の基礎を築いた。妻はキリシタン江口十左衛門の姉で、6子をもうけた。平戸の商館閉鎖後離日、バタビア執行官、台湾長官、バタビア政務総監を歴任したが、植民地行政をめぐり本国理事会と対立、51年帰国した。65年コルベールにより設立されたフランス東インド会社の首席理事に就任、インドで活動したが、現地で軍人らと対立した。73年帰国途中リスボン湾で乗船が座礁沈没して死亡。『日本大王国志』を著す。

[沼田 哲]

『幸田成友訳『日本大王国志』(平凡社・東洋文庫)』『永積洋子著『平戸オランダ商館日記』(1981・そしえて)』


カロン(ギリシア神話)
かろん
Charōn

ギリシア神話に登場する冥界(めいかい)の川の渡し守。みすぼらしい身なりの老人で、冥界と上界とを分ける川スティクス(あるいはアケロン)を船で渡して死者を冥界へ送り込む。その渡し賃は1オボロスで、そのため古代ギリシアの死者たちは、渡し賃となる硬貨を口中に含んで埋葬される習慣があった。彼の姿は白地の香油壺(レキュトス)によく描かれている。

[丹下和彦]

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朝日日本歴史人物事典 「カロン」の解説

カロン

没年:1673.4.5(1673.4.5)
生年:1600
江戸前期,平戸のオランダ商館長。ブリュッセル生まれ。両親はフランスのユグノー(新教徒)。元和5(1619)年オランダ東インド会社の料理方手伝いとして平戸に到着。日本人キリシタン女性(江口十左衛門の姉)と結婚。日本語に巧みで,日本事情に精通し,その力量を認められ,寛永3(1626)年商館助手,同10年商館長次席,同16年に商館長となり,同18年まで務めた。滞日20年余,この間,寛永5(1628)年台湾で起こった浜田弥兵衛事件で捕らえられた台湾長官P.ヌイツの釈放に尽力し,また同17年の幕府による平戸商館破壊の際,被害を最小限に止めるなど日蘭貿易の発展に貢献した。同18年に日本人の妻と子女6人と共に帰国した。1645年刊行の著書『日本大王国志』(幸田成友訳,原題《Beschrijvinghe van het machtigh Coninckrijck Japan》)はヨーロッパ諸国語に翻訳され,日本情報として広く読まれた。

(岸野久)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「カロン」の意味・わかりやすい解説

カロン
François Caron
生没年:1600-73

平戸のオランダ商館長(1639-41)。料理方見習として1619年(元和5)来日。日本語にたんのうで,28年(寛永5)から32年まで台湾での紛争のため日蘭貿易が中断した際通訳として活躍。幕府の高官の信頼が厚く,鎖国体制完成期に,オランダが引き続き通交を許されるよう巧みに対応した。台湾長官,バタビア政務総監を歴任。のち,フランス東インド会社の理事となる。《日本大王国志》の著書がある。
執筆者:


カロン
Charōn

ギリシア神話で,冥府の河の渡し守の老人。死者の亡霊から1オボロスの小銭を渡し賃に受け取ったという。アリストファネスウェルギリウスらの作品に出るほか,ダンテの《神曲》地獄篇では,生けるウェルギリウスを渡している。
執筆者:

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「カロン」の解説

カロン Caron, François

1600-1673 オランダの商人。
元和(げんな)5年(1619)来日。寛永5年の浜田弥兵衛事件で通訳として活躍。16年平戸の商館長に就任し,オランダの対日貿易独占の基礎をつくる。日本女性と結婚。18年離日し,のちフランス東インド会社理事となる。帰国途上の1673年4月5日乗船の沈没で死去。73歳。ブリュッセル出身。著作に「日本大王国志」。

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旺文社日本史事典 三訂版 「カロン」の解説

カロン
Francois Caron

1600〜73
江戸初期に来日した平戸のオランダ商館長
ブリュッセルの生まれ。1619年来日して平戸商館につとめ,'39〜41年商館長。この間,浜田弥兵衛の台湾事件で台湾総督ヌイツの釈放に尽力した。滞日20年余,『日本大王国志』を著した。

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デジタル大辞泉プラス 「カロン」の解説

カロン

日本のポピュラー音楽。歌はガールズバンド、ねごと。2011年発売。作詞:蒼山幸子、作曲:沙田瑞紀、蒼山幸子。通信サービスのauによる音楽配信サービス「LISMO!」のCMに起用。

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世界大百科事典(旧版)内のカロンの言及

【フランス】より

… 日本人のフランス上陸は,1615年10月支倉常長の一行がスペインのバルセロナからローマに向かう地中海上で嵐に遭い,南フランスのサン・トロペに緊急避難して2泊したのが最初である。一方,1619年には19歳のF.カロンが平戸に上陸し,41年まで在留して日本語に熟達した。《日本大王国志》をオランダ語で著し,日本の姿を西欧に知らせたカロンは,オランダに亡命したフランス人新教徒の子でオランダ国籍をもち,39年には平戸のオランダ商館長に任命され,41年22年間の滞在を終えてオランダのハーグに戻ったが,64年フランス王ルイ14世の大臣コルベールがフランス東インド会社を設立したとき,乞われてフランス国籍を取得した。…

【アケロン】より

…太陽の没する西方にあると考えられた。ここには渡し守カロンがいて,ヘルメス神に案内されて着いた亡霊から銭を取って対岸に渡した。そのための1オボロス銭を死者の口中にふくませるのがならわしであった。…

※「カロン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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