改訂新版 世界大百科事典 「光化学増感」の意味・わかりやすい解説
光化学増感 (ひかりかがくぞうかん)
photochemical sensitization
光化学反応の一種で,反応物質に添加された別の物質(光増感剤)が光を吸収して励起され,これが反応物質に励起エネルギーを譲って反応を起こさせる現象。単に光増感ともいう。たとえば,水銀蒸気を含む水素に,波長が2537Åの水銀共鳴線を当てると,
Hg+hν─→Hg*
Hg*+H2─→HgH+H
のような過程で遊離水素原子Hと遊離HgHが生成する反応は有名である(hνは光量子,Hg*は電子励起したエネルギー(471.5kJ/mol)に富む水銀原子を表す)。水素分子は,H-H結合を切断するのに十分なエネルギーを有する2537Å付近の紫外光をまったく吸収しないので,この波長領域の光による直接光分解は起こらない。ところが,水銀光増感剤によって,励起水銀原子を介して光エネルギーが系内に取り込まれ,H-H結合が切断される。水銀光増感反応によって,アンモニア,メタン,メチルアルコールなどの簡単な分子の分解も起こる。水銀のほかに,カドミウム,アルゴン,クリプトンなどの例が知られている。最も重要な光増感反応は,緑色植物中の葉緑素(クロロフィル)の光増感による炭水化物の光合成であろう。地球上に降り注ぐ太陽光の波長は約3000Å以上であり,この波長領域の光によって,水分子や炭酸ガス分子の直接光分解反応は起こらない。ところが,葉緑体中では約300のクロロフィル分子の集団が光を吸収し,取り込んだエネルギーを光合成反応中心に移す役割を果たしている。反応中心では,全部で8個の光子で4個の電子を水から炭酸ガスに与えて炭水化物をつくるといわれている。また,写真技術においても光増感現象が応用されている。
太陽エネルギーの化学的エネルギーへの変換のために,酸化チタンなどを含む半導体光触媒が研究されている。これも光化学増感現象の応用だが,触媒化学者は光触媒現象と呼んでいる。
執筆者:正畠 宏祐
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報