翻訳|chlorophyll
光合成生物がもつ同化色素の一種。クロロフィルともいう。4個のピロールがメチン基で結合した環状テトラピロールにシクロペンタン環がついたホルビンの誘導体で,テトラピロール環の中央にMg原子が1個配位し,ピロール環Ⅳのプロピオニル基にフィトールまたはファルネソールがエステル結合したもの。自然界には表1,表2に示すような多種類の葉緑素および類縁物質が分布している。葉緑素の基本的な構造は今世紀初め1913年にドイツの化学者ウィルシュテーターR.WillstäterとシュトールA.Stollにより明らかにされ,後に30年代にH.フィッシャーらによって確定された。60年にウッドウォードR.B.Woodwardらは簡単なピロール誘導体からフェオホルビドaを合成することによりクロロフィルaの人工合成に成功した。フェオホルビドaにMgとフィトールを付加してクロロフィルaにすることはすでに1930年代に明らかにされていたので,これでクロロフィルaの全合成が完成した。
クロロフィルaは精製すると青黒色の蠟状の固体として得られ,溶液は青緑色となり,クロロフィルbの蠟状固体は緑黒色を呈し,溶液は緑色である。クロロフィルは赤色部と青紫色部に顕著な吸収を示し,クロロフィルa,b,c,dのエーテル溶液中における赤色部と青紫色部の吸収極大の波長(nm)は,それぞれ661,429; 642,453; 628,449; 688,447である。バクテリオクロロフィルc,dはクロロフィルaとほぼ同じ波長域に吸収帯を示す。バクテリオクロロフィルa,bは近赤外域にα,β吸収帯,近紫外域にγ吸収帯をもち,アセトン溶液中におけるα,β,γ吸収帯の波長(nm)は,それぞれ771,700,358; 794,720,368である。いずれの場合も,生細胞中ではこれらの吸収帯は溶媒中におけるより10~数十nm長波長側にずれている。葉緑素は有機溶媒中で強い蛍光を発するが,葉緑素を含む生細胞の発する蛍光はこれよりはるかに弱い。葉緑素の発する蛍光はキノンその他の酸化剤やフェニルヒドラジンの添加により消光quenchされる。
クロマトグラフィーが最初に行われたのは葉緑素を含む葉の色素の分離に対してであり,1906年ロシアの植物学者ツウェットM.Tswettが炭酸カルシウムのカラムに葉の石油エーテル抽出液を流して色素を分離し,クロロフィルに2種類(a,b)があることを示した。現在ではクロロフィルの分離,精製にはショ糖,アガロースゲルなど種々のカラムクロマトグラフィー,薄層クロマトグラフィーまたは高速液体クロマトグラフィーが用いられ,定量は有機溶媒溶液における吸光度測定により行われる。
クロロフィルa,bは生細胞内では特定のタンパク質と結合してクロロフィル-タンパク質複合体の形で存在し,チラコイド膜に埋め込まれており,光エネルギーの吸収,変換を行っている。クロロフィル-タンパク質複合体の代表的なものとして,(1)クロロフィルaが結合しているP700-クロロフィルa-タンパク質複合体(CP1),(2)光化学系Ⅱの反応中心を含むクロロフィル-タンパク質複合体(CPa),(3)およびクロロフィルaもbも結合している集光性クロロフィルa/b-タンパク質複合体(LHCP)などが知られている。C3植物の葉緑体のクロロフィルa/クロロフィルb比は約3で,C4植物では葉肉細胞の葉緑体のa/b比はこれとほぼ等しいが維管束鞘(いかんそくしよう)細胞の葉緑体にはLHCPが少なく5~6という高いa/b比を示す。陰性植物は陽性植物に比べクロロフィル含量が高いばかりでなく,クロロフィルbおよびLHCPの占める割合が高くなることは一種の色適応chromatic adaptationとして理解されている。
クロロフィルaの生合成はδ-アミノレブリン酸の合成(最近ではこの化合物は色素体plastidではグルタミン酸から合成されると考えられている)に始まり,図のような過程を経て,完結する。この反応はすべて,色素体(エチオプラストまたは葉緑体)内で行われ,ある段階以降は膜系で行われると考えられている。クロロフィルb合成の反応系はまだよくわかっていない。高等植物や緑藻ではクロロフィル合成に関する多くの突然変異体が知られている。δ-アミノレブリン酸合成反応はヘムやプロトクロロフィリドaまたは後者と類縁の代謝中間産物によってフィードバック阻害を受け,δ-アミノレブリン酸合成を触媒する酵素は光,ホルモンなどにより誘導されるなど,この反応段階が最も顕著に調節を受けるとされているが,それ以降プロトクロロフィリドaまでの合成経路およびフィトール合成も調節を受ける可能性が残されており,またクロロフィル-タンパク質複合体のアポタンパク質の供給がクロロフィルの安定化に関与すると考えられている。
また,クロロフィル生合成は種々の環境要因でも制御されている。多くの藻類,コケ・シダ,裸子植物では光がなくてもクロロフィルが合成されるが,被子植物ではプロトクロロフィリドaの還元を触媒する酵素,プロトクロロフィリド-NADPHオキシドレダクターゼ(これがプロトクロロフィリド・ホロクロムのアポタンパク質であるとの考えが有力)は光依存型で光がなければこの反応は進行せず,クロロフィル合成は光で制御されている。硫黄型光合成細菌は嫌気・明条件でなければ光合成色素を合成せず,非硫黄型光合成細菌は嫌気条件下ならば明,暗どちらでも光合成色素を合成する。植物は窒素欠乏状態に置かれると黄化が進むこと,カルシウム濃度の高い土壌ではクロロフィル形成が妨げられること,植物でも光合成細菌でも鉄欠乏条件ではクロロフィル合成が阻害されることは古くから知られている。クロレラ,イデユコゴメ,ミドリムシなどの藻類では,培地にグルコースを与えるとクロロフィル合成が阻害される。
クロロフィル+H2O⇄クロロフィリド+フィトール
を触媒するクロロフィラーゼ(chlorophyll chlorophyllido-hydrolase)はクロロフィルの分解よりもクロロフィリドのフィトール化という合成反応に働いていると考えられているが,最近ではフィトールの代りにその前駆体ゲラニルゲラニオールがクロロフィリドにエステル結合したのちフィトールに変わるという別の酵素による合成系も提唱されている。
クロロフィルの溶液を光照射すると不可逆的な退色が起こる。生葉中でのクロロフィルの分解が酵素的な酸化反応であることを示す証拠は多数あるが,その本質はまだ明らかではなく,脂肪の過酸化反応と共役して起こる分解ではないかと考えられている。緑色植物では1日のうちにクロロフィルのほぼ10%が代謝回転によって更新するといわれている。
→光合成 →葉緑体
執筆者:辻 英夫
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出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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