光琳寺(読み)こうりんじ

日本歴史地名大系 「光琳寺」の解説

光琳寺
こうりんじ

[現在地名]門前町剣地

木越山と号し、真宗大谷派。本尊阿弥陀如来。光林寺とも記される。俗に木越きごし三光の一として知られ、戦国期には加賀本願寺教団の有力寺院。貞享二年寺社由緒書上によれば、文亀元年(一五〇一)祐明の開基とされる。河北かほく郡木越村(現金沢市)に所在したが、天正期(一五七三―九二)に現在地に移転した。享禄三年(一五三〇)五月三日「光琳寺慶祐」が「木越村案主名三分二」、天正二年にも「光琳寺」が「木越村二郎太郎名之内一反」の名主に補任されている(天正二年九月三日「中山家雑掌名主職補任状案」案文消息類)


光琳寺
こうりんじ

[現在地名]宇都宮市西原一丁目

しん川左岸の平坦地にある。かつての城下西端にあたり、佐野道は当寺にぶつかり、迂回する。清映山松寿院と号し、浄土宗。本尊阿弥陀如来。応永三二年(一四二五)松が峰まつがみね創建。その後伊賀いが町に移ったが焼失、慶長一〇年(一六〇五)藩主奥平家昌が大檀那となり、佐野口の現在地に再建したと伝える。宇都宮城下寺院年頭拝礼順位(弓削正則文書)に佐野道光琳寺とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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