人工的な歯の総称で,義歯dentureともいう。金属冠などの冠をはじめ,継続歯(さし歯,つぎ歯),橋義歯(ブリッジ),部分床義歯(局部義歯),全部床義歯(総入歯,総義歯)など,すべてを含む。しかし一般的に入歯という言葉からは,主として取りはずしのできる部分床義歯や全部床義歯が連想される。
(1)金属冠metal crown 一般には金冠とも呼ばれ,単に詰める(充てん(塡))だけではまにあわないほどに歯(歯冠)が破壊した場合に作られるもので,歯全体を覆って元の形に回復した義歯。金属冠用の材料としては金合金(20K白金加金),銀合金(金-パラジウム-銀合金),ニッケル-クロム合金(ニッケル,クロム,鉄などの合金で,ニッケルが主体)などが用いられるが,金合金が最もすぐれていることはいうまでもない。近年,金属冠の表面全体あるいは外から見える部分に陶材あるいはレジンresin(メタクリル酸メチル樹脂)を付着させ,自然の歯のように仕上げた冠もよく用いられるようになった。外から見える部分に陶材やレジンを付けたものは前装冠と呼ばれるが,陶材の場合にはそれを金属冠にはめ込んだものと,表面に焼き付けたものとがあるが,レジンの場合にははめ込んだ形のものとなる。金属冠は金合金などの薄い金属板を加工して歯冠の形を作る方法と,それらの金属によって鋳造して作る方法とがあるが,最近では後者が多く用いられている。この方法は,まず破損した歯を削って金属冠が正しくかぶせられるような形に整えてから,その部分の型(印象)をとり,セッコウなどで陽型を作る。そのうえで,蠟で歯冠の形を作り,これを埋没して鋳型とし,鋳造して金属におきかえる。この方法によると,蠟で歯冠の形を作ることになるので,自然の歯の形や歯並び,かみ合せが容易に回復できるばかりでなく,かぶせたときの適合が緊密なため,二次的なう(齲)蝕(虫歯になること)や歯肉への害はかなり避けられるという長所がある。この場合の鋳造はきわめて高い精度が要求され,μ単位を問題にする精密鋳造である。
(2)ジャケット冠jacket crown 金属の代りに陶材あるいはレジンで作った冠。自然の歯に近い色調が得られるので,前歯部に用いられる。陶材ジャケット冠は,強い力が加わると割れやすい欠点がある。
(3)ブリッジbridge 1歯ないし数歯が欠損した場合に,その前後に残っている歯を支台として,ちょうど橋をかけたようなぐあいに,歯のぬけた部分を補う形の義歯。たとえば,下あごの第1大臼歯が欠損した場合,その前後の第2小臼歯と第2大臼歯には金属冠を装着するようにし,それに同種の金属で作った歯冠の形をしたものを蠟づけ(二つの金属を金属用蠟でつなぎあわすこと)してブリッジとする。近年では,精密鋳造法の発達によって,前後の支台部分の金属冠と欠損部の冠とを陽型上で蠟で作り一塊のものとして鋳造して仕上げる方法もとられている。ブリッジの材料は,金属冠の場合と同じである。
(4)継続歯dowel crown 歯(歯冠)が利用できない程度に破壊されている場合に作られる義歯。歯根部に抜歯を必要とするほどの病変のない場合に歯根だけを利用して歯冠をつぎたす方法。歯冠部は既製のレジン歯あるいは陶歯が使われることが多く,これを歯根に連結し維持させるための支柱などの金属部分からなっている。維持には根管(歯髄,俗にいう神経が通っていた歯根の中の細い管腔)の中にたてられた支柱が主力となるために,物をかむことに耐える力が弱く,離脱しやすい欠点がある。おもに前歯に応用される。継続歯は,その表面は陶歯またはレジン歯であるが,裏面は金属で裏装され,それに支柱が付随していて,それが根管内にぴったりとさし入れられることになる。金属部分の材料として強度の大きい白金加金などの金合金が用いられる。
(5)部分床義歯partial denture 1歯あるいはそれ以上の歯が部分的に欠損した場合に,それを補うための義歯。一般に人工歯,義歯床,維持装置の3部分からなる。義歯床は,欠損部の人工歯を固定するための座であり,維持装置は,その義歯が動いたりぬけようとするのを防ぐものである。部分床義歯は,欠損している歯の部位や数によって種々な形のものが作られる。欠損部が2ヵ所に分かれてあったりした場合にはその間を太い金属部で連結する。材料としては,人工歯には陶歯,レジン歯が用いられ,義歯床にはレジン,金属が単独で,あるいは金属で骨格となる金属構造を作り,外観にふれる部分や,人工歯を固定する部分などにはレジンを用いるものがある。金属として金合金,コバルト-クロム合金などがあり,金属構造を鋳造して作る場合と圧印して作る場合がある。鉤などの維持装置には,合金,金-パラジウム-銀合金,鉄合金(18-8ステンレス鋼),コバルト-クロム合金などが使用される。なお部分床義歯は,ブリッジのように固定されていないので,着脱が自由であることが特徴の一つである。またブリッジでは,支台となる歯には金属冠を装着するために,たとえその歯が健康な場合でも,それを削ったり,あるいは歯髄を除去したりする必要があるが,部分床義歯では多くの場合,そのような健康な歯を多量に削ることはなく,維持装置などがかかる歯の一部分をわずかに削る程度である。これは維持装置の作用を効果的にして義歯の落ちつきをよくしたり,動揺するのを防ぐために行う。
(6)全部床義歯complete denture 歯が全部失われた場合に,それを補うためのもので,人工歯と義歯床から構成される。使用される材料は,部分床義歯の場合とおなじである。義歯床にはそれを口の中に固定させるための特別な装置はなく,歯のぬけた部分や口蓋(上あご)の粘膜に唾液を介して吸着しているだけである。そのため,義歯床が新しくてよく合っている間は動いたりはずれたりしないが,口の中の状態は年とともに変わるので,古くなった義歯はしだいに合わなくなり,ぐあいが悪くなる。このような現象は,部分床義歯でも歯の欠損が多く大きな義歯床の場合には同様に起こってくる。合わなくなったときには,裏うちをするか新しく作り直さなければならない。
入歯は前5~前4世紀ころにすでにあったようである。川上為次郎の《歯科医学史》に,古代エトルリア人の義歯の写真が載っているが,それを見ると,上あごの中切歯2本と左側の側切歯,第2小臼歯が欠如したものを補ったもので,中切歯および側切歯はウシの歯を利用し,1個のウシの歯に溝をつけて,それぞれの歯を区別してあるようである。そのウシの歯と,左側では犬歯,第1小臼歯,第1大臼歯,右側では側切歯と犬歯とに,それぞれ蠟づけした金の帯環を装着して固定してある。エトルリア人の活動範囲から考えて,古代文化の発祥地であるエジプト,ヘブライ,ギリシア,フェニキア,アッシリア,バビロニア,インド,中国などには,この種の義歯があったと考えられる。この種の義歯は,今日でいえばブリッジに相当する。取りはずしのできる部分床義歯や全部床義歯のうち,部分床義歯は16世紀中ごろくふうされたようである。部分床義歯といっても,その当時のものは,骨,象牙,あるいはカバの歯を彫刻したものを,金線あるいは銀線などで隣の歯に結びつけた程度のもので,前に述べた古代の義歯とほとんど差がないもののようである。全部床義歯は,外国で記録に残っているところでは,1680年オランダの外科医で解剖学者のヌックA.Nuck(1650-92)が,1個のカバの歯を彫刻して下あごの全部床義歯を作ったのが初めてのようである。その後18世紀にはいり,フランスのフォーシャールP.Fauchard(1680-1761)は,上下のあごの全部床義歯を,スプリングで結びつけて上あごの全部床義歯の維持に成功し,さらに1728年には,スプリングを用いることなく,単に口腔内における陰圧の利用とほおの筋への適合とによって,上あごの全部床義歯の維持に成功した。外国では,これが現代の全部床義歯に近づいた初めのものといってよい。フォーシャールは,〈近世歯科医学の父〉といわれているほど,歯科領域の学問の発展に寄与している。日本で最古の全部床義歯として現存しているのは,柳生宗冬(1613-75)が使用したと称せられているものであるが,この義歯は,材料の点をのぞいては,まったく現代のものに近い。ツゲの木で作られたかなり精巧な上下のあごの全部床義歯で,その前歯部は,蠟石を彫刻して作られ,大臼歯にあたる部位には,くぎの類が使ってある。
執筆者:藍 稔+河野 庸雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…和尚の宿房に置いた経筥(きようばこ)の上にその歯があったという(《古事談》)。 柳生(やぎゆう)宗冬が使ったと思われる総入歯が柳生家の墓から出たが,総入歯は江戸初期からあった。多くはツゲの木で造り,奥の臼歯はおおむね平板のままだったが,なかにはその上に小さな釘を2列に並べて打ったものもあった。…
※「入歯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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