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八十村路通 ヤソムラロツウ

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デジタル大辞泉の解説

やそむら‐ろつう【八十村路通】

[1649~1738]江戸前期・中期の俳人。姓は斎部(いんべ)ともいう。漂泊ののち芭蕉門下に入る。奇行が多く、同門の反感を買った。編著「俳諧勧進牒」「芭蕉翁行状記」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

八十村路通 やそむら-ろつう

1649-1738 江戸時代前期-中期の俳人。
慶安2年生まれ。諸国を漂泊し,貞享(じょうきょう)2年近江(おうみ)(滋賀県)膳所(ぜぜ)で「野ざらし紀行」途上の松尾芭蕉(ばしょう)に入門。気ままな行動などのため,一時師から勘当された。元文3年7月14日死去。90歳。名は伊紀。通称は与次衛門。別姓に斎部(いんべ)。編著に「俳諧勧進牒(はいかいかんじんちょう)」「芭蕉翁行状記」,著作に「路通伝書」など。
【格言など】鳥共も寝入つてゐるか余吾(よご)の海

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朝日日本歴史人物事典の解説

八十村路通

没年:元文3.7.14(1738.8.28)
生年:慶安2(1649)
江戸前・中期の俳人。他に斎部(忌部)姓も伝わる。俗称は与次衛門など。神職の家柄にあったが,乞食となり漂泊の旅に出た。松尾芭蕉との邂逅は,湖南松本で放浪中の折りであった。のち江戸に芭蕉を訪ねて,俳人としての力量を認められるに至る。さらには芭蕉に倣い,みちのく行脚に赴いたり,『俳諧勧進牒』を編集したりした。しかし,慢心と放縦な性格のため,蕉門俳人に嫌われる。芭蕉は遺言において,路通のことを門人達にとりなして逝った。<参考文献>中村俊定「路通―常の人路通」(『俳諧史の諸問題』)

(楠元六男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

やそむらろつう【八十村路通】

出典|三省堂
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