野ざらし紀行(読み)のざらしきこう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

野ざらし紀行
のざらしきこう

江戸時代中期の俳諧紀行。別名『甲子 (かっし) 吟行』。松尾芭蕉著。1冊。貞享2 (1685) 年完成。同1年8月門人千里を伴って江戸深川を出発,東海道を上り,伊勢の風瀑宅に滞在,郷里伊賀上野に帰り,以下大和,吉野,山城,近江,大垣,桑名熱田,名古屋をめぐり,郷里で越年,同2年春から奈良,京都,伏見,大津,熱田から,甲斐の山中を経て深川に帰るまでの紀行。芭蕉紀行の第1作。刊本の最初は明和5 (1768) 年。書名は冒頭の「野ざらしを心に風のしむ身哉」の句からとった。

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大辞林 第三版の解説

のざらしきこう【野ざらし紀行】

俳諧紀行。一巻。1685~87年成立。松尾芭蕉作。1684年秋、門人苗村千里を伴い江戸から伊賀に帰郷し、吉野・山城・美濃・尾張などに遊び、翌年尾張を経て木曽路にはいり四月江戸に戻るまでの旅の紀行。蕉風樹立への意欲がみられ、俳諧修業の旅であった。甲子吟行かつしぎんこう

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

野ざらし紀行
のざらしきこう

芭蕉(ばしょう)の俳諧(はいかい)紀行。一巻(一冊)。別名「甲子吟行(かっしぎんこう)」。1685年(貞享2)成立。書名は冒頭の句「野ざらしを心に風のしむ身哉(かな)」による。1684年8月門人千里(ちり)を伴い、芭蕉は深川の草庵(そうあん)を出発し、東海道を上り伊勢(いせ)、伊賀、大和(やまと)、吉野を経て、山城(やましろ)、近江(おうみ)に出、美濃(みの)大垣に木因(ぼくいん)を訪問。ここで「死(しに)もせぬ旅寝の果よ秋の暮」の句を詠む。さらに桑名、熱田(あつた)を経て名古屋に至り、この地で荷兮(かけい)らと『冬の日』五歌仙を興行。この年は郷里伊賀上野で越年し、翌1685年奈良、京都、伏見(ふしみ)、大津を経て、ふたたび尾張(おわり)に至り、さらに甲斐(かい)を経て初夏江戸に帰着。以上のほぼ9か月の紀行を、発句(ほっく)を中心に述べたものが本書である。木因訪問までの前半は緊迫した感情がみられ、句文ともに誇張した佶屈(きっくつ)な表現が顕著だが、後半ではそれが風狂を主としながらもしだいにくつろいだものに変化している。芭蕉最初の紀行文であり、かつ蕉風開眼の過程が如実に示されており注目に値する。[雲英末雄]
『中村俊定校注『芭蕉紀行文集』(岩波文庫)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

のざらしきこう ‥キカウ【野ざらし紀行】

俳諧紀行。一巻。松尾芭蕉作。貞享二年(一六八五)の成立だが、その後も、推敲(すいこう)を重ねた。貞享元年八月、門人苗村千里(ちり)を伴い江戸深川を出発、伊勢を経て故郷伊賀上野に至り、大和、近江、美濃、尾張を回って伊賀上野で越年、さらに奈良、京、大津、尾張、甲斐を経て、四月江戸に帰るまでの旅の見聞・体験を記したもの。芭蕉の最初の紀行作品。甲子吟行(かっしぎんこう)。甲子紀行。芭蕉翁道之記。

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