内藤正勝(読み)ないとう まさかつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤正勝」の解説

内藤正勝(2) ないとう-まさかつ

1643-1694 江戸時代前期の大名。
寛永20年生まれ。旗本内藤正隆の子。内藤正次(まさつぐ)の養子となり,小姓組番頭(ばんがしら),留守居などをへて元禄(げんろく)6年大坂定番にすすむ。このとき,武蔵(むさし)比企郡(埼玉県)の旧領にくわえ1万石を加増され,赤松藩主内藤家初代となる。1万6000石。元禄7年8月7日死去。52歳。幼名は平八郎。

内藤正勝(1) ないとう-まさかつ

1608-1629 江戸時代前期の大名。
慶長13年生まれ。内藤清成(きよなり)の3男。元和(げんな)9年兄の内藤清政の死後安房(あわ)(千葉県)勝山藩は廃藩となったが,寛永3年遺領のうち2万石をあたえられ,勝山藩主内藤家2代となった。寛永6年8月3日22歳で死去,翌7年勝山藩はふたたび廃藩となった。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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