最新 心理学事典 「分析心理学」の解説
ぶんせきしんりがく
分析心理学
analytical psychology
ユングもフロイトと同様に無意識unconsciousという位相を重視したが,両者ではその内包するものを異にしている。フロイトの提唱する無意識が基本的には主体が経験し,一度意識化された内容が抑圧されたものであるのに対して,ユングはそのような無意識の水準を個人的無意識とよび,さらにその深層に普遍的無意識collective unconsciousという位相を考えた。普遍的無意識は集合的無意識ともよばれる。それは個人的無意識と異なり,個人としての主体が経験・意識化したことのない内容も含まれているとされる。すなわちその内容とは,個人という「個」を越えた民族,ひいては人類という「種」や「類」に共通している普遍的なイメージを産出する型であり,この型は元型archetypeとよばれる。ユングがこのような特徴をもつ無意識を考えるに至った経緯には,彼が精神病者の治療に集中的にかかわっていた時期があり,そこで観察された精神病者の幻覚妄想の内容と神話や昔話における象徴との間に共通性があることを見いだしたということがある。普遍的無意識は個人を越えた人類に共通する神話的イメージを産出する基盤である。
普遍的無意識から産出されるこのような神話的イメージはその共通性によって分類することが可能となる。たとえば,人智・人力を超えた力によって困難な状況に解決をもたらす存在の神話的イメージを「メシア」と名づけることができよう。このようなカテゴリーの代表的なものとして,影,アニマ,アニムス,ペルソナ,老賢者,グレートマザー,セルフなどが挙げられる。元型そのものは,このようなカテゴリーを形成する潜在的な型,傾向性であり,それらが具象化した元型的イメージとは区別される。たとえば,「メシア」元型がある文化圏ではイエス像として,また別の文化圏では菩薩像という元型的イメージとして表象されうるように。
上記のような理論的特徴をもつ分析心理学は治療実践において夢dreamをその中心においている。フロイトも夢を重視したが,彼にとって夢とは願望充足であり,潜在的夢思考が顕在的夢思考になるときに検閲が働き,願望は充足されつつもしかし意識を脅やかさないように変形を被るため,夢は一種の暗号のようになる。いわば,夢は「ごまかす」のであり,フロイトにとっての夢分析とはごまかそうとする夢を分析し,隠された願望を見いだすことにほかならない。対してユングは,夢がもつ機能として補償を最も重要なものとして考える。補償機能とは,意識の態度があまりに偏った場合に,心の全体性を回復させるためのイメージが無意識から意識に送り込まれることをいう。このときに,それまでの意識体系内では明確に把握することができないながらも,その存在が示され,その形象以外の方法では示されえない直観的観念である「未知の事実」が意識にもたらされる。この「未知の事実」こそが象徴にほかならず,ユングはこれを夢の本質と考え,無意識が意識に象徴をもたらす機能を超越機能とよんだ。ここでは,意識にとって夢が不可解なのは夢が「ごまかす」からではなく,むしろ,意識よりも夢の方が高次なものであるためだと考えられている。
日本においては1965年に日本人として初めてユング派分析家資格を取得した河合隼雄が箱庭療法sandplay techniqueを紹介したことで分析心理学は一般的に広まった。箱庭療法とは,ローエンフェルドLowenfeld,M.が創作した世界技法をカルフKalff,D.がユングの理論を取り入れて継承発展させた心理療法の技法である。内側が水色に塗られた縦57㎝×横72㎝×高さ7㎝の箱に砂が入っており(砂を掘ることで水が表現される),クライエントはセラピストとの関係性の中で,箱の中に選んだミニチュアを自由に置いてイメージを表現する。分析心理学においては,箱庭療法の実践と解釈理論は基本的に夢分析のそれに従っているが,あらかじめ用意されているミニチュアという既製品を使用すること,砂やミニチュアに触れるという触覚性,現存するセラピストとの関係性の中でイメージが表現されること,イメージ表現をする際にある程度の自我のコントロールを働かせうることなどが夢とは異なり,独自の治療的意義をもった技法となっている。 →無意識
〔川嵜 克哲〕
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