前野長康(読み)まえの ながやす

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「前野長康」の解説

前野長康 まえの-ながやす

1528-1595 戦国-織豊時代の武将
享禄(きょうろく)元年生まれ。前野宗康の次男前野雄吉(かつよし)の弟。木下藤吉郎(豊臣秀吉)につかえる。墨俣(すのまた)築城,四国攻め,小田原攻めなどでの功により,天正(てんしょう)13年但馬(たじま)(兵庫県)出石(いずし)6万石の城主となった。謀反の罪にとわれた豊臣秀次の事件に連座し,文禄(ぶんろく)4年10月19日子の景定とともに切腹。68歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。通称は将右衛門,但馬。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む