スイスの医学者、化学者。アインジーデルンに生まれる。本名はフィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムPhilippus Aureolus Bombastus von Hohenheimといい、パラケルススは通称。オーストリアのケルンテン州フィラッハを第二の故郷とし、ルネサンスを代表する医師として、その波乱に富んだ生涯をザルツブルクで終えている。
イタリアのフェッラーラ大学で医学を学んでから、西ヨーロッパや東ヨーロッパを経ておそらく近東にまで及ぶ第一次大遍歴において多くを学んだ彼は、1525年ザルツブルクに定住せんとして果たさず、1527年バーゼル市に招かれて同市の市医兼大学教授となる。
しかし生来の戦闘的性格とその学問的信念とにより、伝統的医学への反逆を試みた彼は、バーゼル市を敵に回すことになり、結局1528年同市を退去し、以来その没年まで安住の地を得ることなく、第二次遍歴時代に入る。バーゼル時代、医学の伝統であったラテン語を捨ててドイツ語で講義し、また中世以来の医学の権威書を火中に投ずるなどの行動が、宗教改革者ルターに似ていたこともあって「医学のルター」ともよばれた。生涯の大半を遍歴に過ごさざるをえなかったパラケルススが、莫大(ばくだい)な量に上る医学的、哲学的、神学的著作を残したことは驚嘆に値する。彼の死後、フーゼルJohannes Huser(1545―1597/1604)による10巻の医学書(1589~1591)が発行され、パラケルスス派と称する人々がその師の学説を述べたが、ベルギーのファン・ヘルモントに真の後継者をみることができる。ゲーテもパラケルススの著作を研究している。
しかし、毀誉褒貶(きよほうへん)の多かった彼の声価が定着したのは20世紀に入ってからである。医学史家ズートホフKarl Sudhoff(1853―1938)により14巻の医学、哲学書が編集刊行され(1922~1933)、さらに神学関係原稿は1955年以来ゴールトアンマーKurt Goldammer(1916―1997)によって編集され、刊行が始まったが、結局、完結しなかった。
莫大な作品のなかから代表的なものをあげると、まずいわゆる「パラ三部作」がある。『ボルーメン・パラミールム』(1520年ころ)には疾病の五つの病因、五つの治療法が述べられ、『パラグラーヌム』(1530)では医学を支える4本の柱として、哲学、天文学、錬金術、徳の4項目が論じられ、さらに『オープス・パラミールム』(1531)では有名な三原質、すなわち硫黄(いおう)、水銀、塩の概念が展開されている。錬金術思想のエッセンスは『アルキドクシス』(1526)にもみられる。
当時、新大陸から「輸入」された「フランス病」(梅毒)に関する一連の著作(1528~1529)、精神医学の先駆的著書『理性を奪う病』(1525~1526)、『癲癇(てんかん)』(1530~1531)、『眼(め)に見えぬ病』(1531)など、また産業医学的見地から『鉱夫病』(1533)なども無視できない。外科医としての著作『大外科学』(1536)はすでに発表当時から成功を収めたし、彼の根本思想である大宇宙(マクロコスモス)と小宇宙(ミクロコスモス)に関する哲学は『大天文学(アストロノミア・マグナ)または明敏なる哲学(フイロソフイア・サガクス)』(1537~1538)の未完の大著にみられる。「ケルンテン三部作」(1538)として知られる晩年の作品には、自己の立場を弁護した『七つの弁明』、彼の医師としての、キリスト者としての天職を集大成した『医師の迷宮について』がある。
彼独特の新しい術語と文体は現代のわれわれにはかなり難解であるが、医学書、錬金術書のほかにも、莫大な神学的原稿が残されており、福音(ふくいん)書や詩編の詳しい注解や説教などがあって、これらの全貌(ぜんぼう)はなお今後の探求にまたねばならない。
彼の遺骨はザルツブルクの聖セバスチアン教会に葬られており、「国際パラケルスス学会」が毎年同市において開催され、研究発表が行われている。
[大橋博司]
『パラケルスス著、大槻真一郎訳『奇蹟の医書』(1980・工作舎)』▽『パラケルスス著、J・ヤコビ編、大橋博司訳『自然の光』(1984・人文書院)』▽『大橋博司著『パラケルススの生涯と思想』(1976・思索社)』▽『種村季弘著『パラケルススの世界』(1977・青土社)』
ルネサンス期ドイツの革命的な錬金術師的医化学者にして哲学者。本名,Theophrastus Philippus Aureolus Bombastus von Hohenheim。スイスのアインジーデルンに,そこの修道院直属の隷民を母として生まれた。長いいかめしい本名をもつ彼は,シュワーベンの誇り高き騎士団所属ボンバストゥス家出身の医師ウィルヘルム・フォン・ホーエンハイムを父とし,幼時はおもにこの父から鉱物学,植物学,自然哲学を教わった。彼は35歳ころからvon Hohenheimをギリシア・ラテン風にしゃれてみずからをParacelsusと呼んだ。この名には,激動期のヨーロッパに生きる彼の最も野心的な30歳代の〈パラ三部作〉,すなわち《ウォルメン・パラミルム》《パラグラヌム》《オプス・パラミルム》の接頭辞〈パラ(超)〉に見られるように,〈従来の教条的なギリシア・ローマ医学を“超える”〉との意味が明らかに盛り込まれている(あるいは古代医術に関する著作を残したケルススの名が意識されていたのかもしれない)。
青年時代,イタリアの種々の大学,特にフェラーラでおもに医学を学び,その後はヨーロッパ各地,さらには小アジアに及ぶ地域を広く旅し,机上の学問ならぬ実地の勉学を重ねた。1527年一時的に運よくバーゼルに招かれ,市医にして大学教授という地位を獲得した。しかし彼のガレノスやイブン・シーナーの医学に対する激越な批判的言動やその他の訴訟事件などから28年には早くもバーゼルを追われ,流浪の身となり,この境涯はほとんど一生続いた。上記の〈パラ三部作〉はそうした時期に書き上げられ,パラケルスス医学の体系を展開した著作である。が,その後の〈ケルンテン著作群〉(《大天文学》《七事弁明》《医師迷路》など)その他に見られるように,ますます彼の創作意欲は活発化していった。錬金術の効用は,物欲の対象としての金(きん)を作ることではなく人間すべての健康に役だつ医薬を精製することにあるとし,33年シュワッツ鉱山を中心に調査した珪肺,肺結核などの鉱山職業病,15世紀末に流行した梅毒,また水腫,クレチン病,甲状腺腫などそれぞれの病気の鉱物的要因に着目した。そうした中で彼は,錬金術の水銀,硫黄に塩を加え,液体的蒸気化,燃焼化,固体化という原理説を展開した。特に固体的沈殿要因の塩による病気,その他,精気的水銀の薬剤効果などから,鉱物的医化学薬品の開発を進めた。さらにマクロコスモス(大宇宙)とミクロコスモス(人間)の相関から天体因を重視し,〈始源者〉としての霊妙なアルケウスarcheusを自然の存在物に認め,このいわば人間の中に宿る錬金術師による各臓器の機能の活性化(代表は胃に見られる消化作用)を論じた。それゆえ,従来の体液病理説ではなく,アルケウスの衰弱要因として天体因,毒因,自然因,精神因,神因の5病因説を唱え,古代以来の四元素,四体液などを以上の要因を基にして再構築し,その活性化の〈秘蔵物質〉としてアルカナarcanaを考えた。
こうした実証的かつ神秘主義的哲学的医術は,J.ベーメ,ヘルモント父子,R.フラッドらに影響を与えただけでなく,彼のザルツブルクでの客死以後,さらにいっそう大きな思想となって開花し,パラケルスス主義として全ヨーロッパに拡大した。その研究も16世紀末のフーザーJ.Huserによる全集編纂,現代ではズートホフK.Sudhoffによる医学・哲学論文の全集,ゴルトアマーK.Goldammerの神学・哲学論集の刊行というように,多彩かつ盛んに進められている。
執筆者:大槻 真一郎
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スイスとドイツで活躍した医師,錬金術師(化学者,当時,両者の区別はない).生年月日については一説には1493年12月17日.Paracelsusは自称・通称.スイスのアインジーデルンに生まれる.フェラーラ大学で医学を修めたとされるが確証はない.一時,バーゼル大学の医学部教授の地位に就くが,人生の大半を放浪に費やす.医師として生命について論じ,本来,物質変換の術であった錬金術を医薬精製に適用した.化学史的には,中世的な物質理論を否定し,錬金術思想に端を発する“硫黄・水銀・塩”説を自然界全域の構成素にまで拡張して,従来の四元素説(火,空気,水,土)との融合をはかったことが注目に値する.この三つの実体は現代の化学物質とは異なり,おのおの燃焼・流動・固体化を特徴とする原理とされ,これらに異変が起こったときに人間は病気におちいるとされた.同時に,かれの思想の根底にはキリスト教体系にもとづく独自の大宇宙と小宇宙の類比があり,人間の疾患や健康は天体からの影響に大きく左右されるものとみなした.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…演劇改良運動に意欲を燃やし,その中心となって活躍,忠実に史実を写そうと志す〈活歴(かつれき)〉と呼ぶ史劇を創始したことは演劇史上に特筆される。また,登場人物の性格・心理を研究し,これを内攻的に表現する〈肚芸(はらげい)〉という演技術を開拓するなど,近代歌舞伎に与えた影響はきわめて大きい。《高時》《紅葉狩》《大森彦七》《鏡獅子》などを含む〈新歌舞伎十八番〉を制定。…
※「パラケルスス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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