加藤太兵衛(読み)かとう たへえ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「加藤太兵衛」の解説

加藤太兵衛(2) かとう-たへえ

?-1907 明治時代の公共事業家。
愛知県の人。同県碧海郡安城村など,矢作川流域の治水,灌漑のため用水路開発を計画した岡本兵松(ひょうまつ),伊予田(いよだ)与八郎に協力して出資。用水路は明治13年明治用水として完成した。明治40年10月23日死去。

加藤太兵衛(1) かとう-たへえ

?-? 江戸時代前期の陶工
加藤唐三郎(景貞)の孫。尾張(おわり)(愛知県)赤津の人。万治(まんじ)元年(1658)から名古屋藩御用窯をつとめる。唐三郎,仁兵衛をくわえた3窯元は,「御窯屋三家」とよばれた。名は景輔。通称ははじめ市右衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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