改訂新版 世界大百科事典 「動産美術」の意味・わかりやすい解説
動産美術 (どうさんびじゅつ)
art mobilier[フランス]
後期旧石器時代につくられた石,骨,角,テラコッタ製の小美術(マイナー・アート)をいう。洞窟壁画や岩陰浮彫と異なり,独立し持ち運びができるためこう称される。動産美術は二つに大別される。一つは丸彫の女性裸像や動物像で,材料は石,骨,象牙およびテラコッタである。ほかは骨,角,石にほどこされた浮彫,刻画,彩画で,そのなかには投槍器,銛(もり),指揮棒などの狩猟用具や呪術用具が含まれている。
女性裸像は,西はピレネー山中から中部ヨーロッパと東ヨーロッパをへて,東はシベリアまで広く分布し,いずれも乳房,腹部,臀部が著しく強調されている。オーリニャック期のものが多く,時代の経過とともに形式化するが,この形式化はマドレーヌ期になるといっそう際だつ。丸彫の動物像は,中部ヨーロッパではすでにオーリニャック期につくられたが,西ヨーロッパではマドレーヌ期になってつくられ始めた。チェコスロバキアのドリニ・ベストニツェからはオーリニャック期のテラコッタ製の動物小像が多く見いだされている。
西ヨーロッパのマドレーヌ期の投槍器や指揮棒の装飾には,当時の人々の彫刻の才能が存分に発揮されている。投槍器には先端が手のひら状に広がった形式のものと円筒状のものとがあり,種々の動物が丸彫で表される。呪術用具の指揮棒にも,丸彫の装飾(多くは動物の頭)が施される。投槍器や指揮棒には浮彫や刻画も施され,浅く動物の細部を線刻し,そのまわりを削りとった版木様浮彫のような特殊なものなど,技法は多様である。諸動物を単独で表すほか,狩猟や呪術儀礼のような特定の場面が表されることもある。また,特定の遺跡から大量に出土する刻画や彩画を施した石は,描画訓練のために用いられたもので,スペイン東部のエル・パルパリョからは彩色小石だけで1430点も出土している。
執筆者:木村 重信
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報