北条登子(読み)ほうじょう とうし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「北条登子」の解説

北条登子 ほうじょう-とうし

1306-1365 鎌倉-南北朝時代,足利尊氏正室
徳治元年生まれ。北条(赤橋)久時の娘。母は北条宗頼の娘。足利義詮(よしあきら),基氏の母。正慶(しょうきょう)2=元弘(げんこう)3年後醍醐(ごだいご)天皇を討つため尊氏が京都に進発する際,北条高時の要求で人質として義詮とともに鎌倉にのこった。尊氏が討幕に転ずると,鎌倉から脱出延文3=正平(しょうへい)13年尊氏と死別貞治(じょうじ)4=正平20年5月4日死去。60歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む