ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「十月維新」の意味・わかりやすい解説
十月維新
じゅうがついしん
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…朴政権は軍事面での対米依存という点で李政権の政策を継承し,ベトナム戦争に参戦する一方,経済面では李政権の反日政策から対日接近に転じ,65年には国内の反対運動を押しきって日韓条約を締結した。70年代初頭,米中接近という国際情勢の変動を要因として,南北赤十字会談および政権当事者間の対話が試みられ,72年7月4日に統一に向けた南北共同声明が発表されたが,その直後に朴政権は内外情勢の急変に対処するためと称して強権的政治体制を飛躍的に強化する〈十月維新体制〉(第4共和国)を成立させた。維新憲法によって,新設の統一主体国民会議(大統領選出母体で,2359名から成る)による大統領選出(1972年12月23日),大統領任期は6年で重任制限なしというように,政権永続化を保障する制度的基礎は一段と整えられたが,これに対して維新体制撤廃を求める民主化運動が盛りあがりをみせていった。…
…67年に大統領に再選,69年3選禁止条項を改定,71年には野党の金大中を破って大統領に3選された。緊張緩和の世界情勢のなかで,72年7月南北朝鮮共同声明が発表されたが,国内の動揺をおさえるため10月には戒厳令をしいて国会を解散,憲法を改正して大統領の権限を強化し(4選禁止条項も消滅,任期を6年に延長),〈十月維新〉体制を実現した。同年,大統領に4選されたが,73年の金大中事件を契機に反朴・民主化運動が強まり,また77年の対米不正工作事件(コリアゲート事件)など国際的スキャンダルも生んだ。…
※「十月維新」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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