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千宗恩

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美術人名辞典の解説

千宗恩

千利休の後妻、少庵の母。はじめ宮王三郎三入の妻で、天文二十二年に死別したのち利休と再婚。茶道具や茶事の工夫に優れていた。慶長5年(1600)歿、享年未詳。春屋宗園より得英と謚号された。

出典|(株)思文閣
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朝日日本歴史人物事典の解説

千宗恩

没年:慶長5.3.6(1600.4.19)
生年:生年不詳
安土桃山時代の女性。千利休の後妻となり,さまざまの工夫を通して生活文化としての茶の湯への女性参加の道を開いた。名をりきとする。宗恩は法号。摂津平野の帯屋道桂の姉妹で,奈良で堺の小鼓の名手宮王三郎を知り,1子(のちの少庵)を設けるが,少庵が8歳のとき三郎が死去,利休と再婚して女児を生んだ。茶湯者の妻となって,飲食物に髪の落ちることを戒めて剃髪したと伝える。少庵は利休の前妻の娘亀(一説にちゃう)と結婚し,孫に宗旦,宗甫を得るから,千家における宗恩の位置は重い。堺の南宗寺に供養塔がある。<参考文献>杉本捷雄『千利休とその周辺』,籠谷真智子『千宗恩の生涯』

(戸田勝久)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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