すべて 

千宗恩(読み)せん・そうおん

朝日日本歴史人物事典 「千宗恩」の解説

千宗恩

没年:慶長5.3.6(1600.4.19)
生年:生年不詳
安土桃山時代の女性。千利休後妻となり,さまざまの工夫を通して生活文化としての茶の湯への女性参加の道を開いた。名をりきとする。宗恩は法号。摂津平野の帯屋道桂の姉妹で,奈良で堺の小鼓の名手宮王三郎を知り,1子(のちの少庵)を設けるが,少庵が8歳のとき三郎が死去,利休と再婚して女児を生んだ。茶湯者の妻となって,飲食物に髪の落ちることを戒めて剃髪したと伝える。少庵は利休の前妻の娘亀(一説にちゃう)と結婚し,孫に宗旦,宗甫を得るから,千家における宗恩の位置は重い。堺の南宗寺に供養塔がある。<参考文献>杉本捷雄『千利休とその周辺』,籠谷真智子『千宗恩の生涯

(戸田勝久)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

すべて 

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む