南海トラフ地震(読み)ナンカイトラフジシン

デジタル大辞泉 「南海トラフ地震」の意味・読み・例文・類語

なんかいトラフ‐じしん〔‐ヂシン〕【南海トラフ地震】

日本の太平洋沖、南海トラフ沿いを震源とする三連動地震東海地震東南海地震南海地震が慶長9年(1605)、宝永4年(1707)、安政元年(1854)に連動して発生したことが知られる。南海トラフ巨大地震
[補説]平成25年(2013)に政府が発表した被害予測によると、マグニチュード9クラスの巨大地震が発生し、死者は沿岸部を中心に最大約32万人に上ると想定されている。

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共同通信ニュース用語解説 「南海トラフ地震」の解説

南海トラフ地震

駿河湾から日向灘沖の海底に延びる溝状の地形(トラフ)に沿い、プレート境界で蓄積したひずみが解放されることで起こる地震。政府の地震調査委員会はマグニチュード(M)8~9級の「巨大地震」が30年以内に起きる確率を70~80%と算出する。高知県室戸市の現市庁舎付近では、発生しうる最大規模で震度7の揺れと3メートル程度の浸水が想定されている。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「南海トラフ地震」の意味・わかりやすい解説

南海トラフ地震
なんかいトラフじしん

駿河トラフから,紀伊半島沖,四国沖の南海トラフに沿って発生する海溝型巨大地震の総称。南海トラフ周辺で年間 3~5cmの割合で北西方向に移動する海洋プレートのフィリピン海プレートが日本列島の下に沈み込むことによって起こり,過去にマグニチュード(M)8クラスの巨大地震が南海トラフに沿って繰り返し起こった。古文書に残る最も古い西暦 684年の白鳳地震以降,最も新しい 1946年の昭和南海地震まで 12回の南海トラフ地震が発生したと推定されている。このなかで最大地震は,1707年に駿河トラフから南海トラフに沿って発生した宝永地震(M8.6)である。
南海トラフ地震は紀伊半島沖を境に,東側の東南海地震と西側の南海地震に分かれて発生するか,両者が同時に発生するかのどちらかの傾向がある。分かれて発生した事例は,1944年昭和東南海地震(M7.9)と 1946年昭和南海地震(M8.0),1854年12月22日の安政東海地震(M8.4)と同年12月23日の安政南海地震(M8.4)で,先に東南海地震が発生し,その 3年以内に南海地震が発生している。1707年宝永地震と 1605年慶長地震(M7.9)は東側と西側が同時に震源域となった。続発した場合を一組の地震とみなすと,684年白鳳地震以降,9回の巨大地震のサイクルが知られている。歴史資料の信頼性が高い 1361年康安(正平)地震(M8.4)以降の 6回の地震サイクルの発生間隔は 90年から 147年である。
観測データから推定された昭和東南海地震や昭和南海地震の震源断層は低角逆断層型で,沈み込むフィリピン海プレートと上盤の日本列島側のプレートの境界が主断層面であった。震源断層が海底に近いため,地震に伴い大きな津波も発生した。歴史資料に残る最大の津波の高さは宝永地震に伴う 10m超である。過去数千年については,津波堆積物の研究から宝永地震クラスの巨大地震が 300~600年の間隔で発生していると推定されている。
記録に残る犠牲者数は昭和南海地震が約 1400人,昭和東南海地震が約 1200人,宝永地震は 5000人以上と推定されている。南海トラフ地震では振動の被害よりも津波被害が大きいとみられている。政府は将来の南海トラフ地震に対し,中央防災会議での検討に基づき,大きい被害が予想される東海地方,近畿地方,四国地方,九州地方などの市町村を中心に南海トラフ地震防災対策推進地域や南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域を指定し,防災対策を進めている。

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