原辰徳(読み)はらたつのり

知恵蔵miniの解説

原辰徳

元プロ野球選手、現・読売ジャイアンツ監督兼名誉顧問。1958年7月22日生まれ、神奈川県出身。80年、ドラフト1位指名で読売ジャイアンツに入団。4番打者として活躍し、「若大将」の相性で親しまれた。95年に現役を引退。2002年より監督として同球団の指揮を執り(03年辞任、05年再任)、通算で4度のリーグ優勝、2度の日本一を達成。09年にはワールド・ベースボール・クラシック日本代表監督に就任し、大会2連覇に導いた。12年6月に過去の女性問題によるスキャンダルが発覚し、ファンに謝罪した。

(2012-06-25)

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デジタル大辞泉の解説

はら‐たつのり【原辰徳】

[1958~ ]プロ野球選手・監督。福岡の生まれ。昭和56年(1981)、巨人に入団。主砲として活躍し、昭和58年(1983)には打点王のタイトルを獲得。引退後は巨人の監督として、チームを3度の日本一に導いた。第2回WBCでは、日本代表チーム「侍ジャパン」の監督としてチームを優勝に導いた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

原辰徳 はら-たつのり

1958- 昭和後期-平成時代のプロ野球選手,監督。
昭和33年7月22日生まれ。東海大相模高,東海大で父の原貢監督の指導をうけ,父子鷹と話題になる。昭和55年巨人に入団。右投げ右打ち。三塁をまもり,新人王。長嶋茂雄,王貞治のあとの4番打者をつとめ,5度の優勝に貢献。平成7年引退。実働15年,打点王1回,通算打率2割7分9厘,382本塁打,1093打点。コーチをへて13年巨人監督となり,14年日本一。翌年成績不振で辞任。18年巨人監督に復帰,19年,20年とセ・リーグ優勝をはたした。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表チームの監督となり,21年優勝をはたす。21年,24年と巨人を日本一にみちびく。24年3度目の正力松太郎賞。25年セ・リーグ最優秀監督賞。福岡県出身。

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