日本大百科全書(ニッポニカ) 「去勢コンプレックス」の意味・わかりやすい解説
去勢コンプレックス
きょせいこんぷれっくす
castration complex
フロイトの精神分析用語の一つ。幼児は男女の性的差異を適切に理解することができないが、3歳くらいになりその解剖学的差異に気づいてくると、男性器をもつものと去勢されたものという対立概念で男女の差異を理解しようとする。すなわち幼児は、女の子は男性器を切り取られたのではないかという空想をもつようになる。こうした空想を中心にしてつくりあげられた心理的態度のことを、去勢コンプレックスという。男性器を失うことは、ナルシシズムnarcissismとよばれる幼児的な自己の全能感の喪失と関係しているが、男の子と女の子ではコンプレックスの現れ方が異なってくる。つまり、男の子では、自慰行為などに対する親の脅迫によって、父親から去勢されるのではないかという去勢不安が元になって、このコンプレックスがつくられる。一方、女の子の場合には、すでに去勢されているという空想が元になり、男性器を取り返そうとしたり、去勢そのものを否認しようとしたり、男根羨望(せんぼう)がおきたりする。
去勢コンプレックスは、性的発達段階としてのエディプス期に深く関係している。男の子の場合には、去勢コンプレックスによってエディプス期は終わりを告げ、母親に対する対象愛のかわりに父親との同一視がおきてくるが、女の子では、去勢コンプレックスが形成されて初めてエディプス期を迎えることになる。男らしさ、女らしさは去勢コンプレックスによってつくられる。去勢コンプレックスは近親相姦(そうかん)の禁止を意味するもので、精神分析的な考え方の基本をなすものである。
[外林大作・川幡政道]
『カール・アーブラハム著、下坂幸三・前野光弘・大野美都子訳『アーブラハム論文集――抑うつ・強迫・去勢の精神分析』(1993・岩崎学術出版社)』