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精神分析 せいしんぶんせきpsychoanalysis

翻訳|psychoanalysis

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

精神分析
せいしんぶんせき
psychoanalysis

創始者のオーストリア精神科医,S.フロイト (1856~1939) は「抑圧された心的なものを意識化する仕事」と定義した。言葉,行動,空想,夢,精神的あるいは身体的症状などの無意識的意味を理解して,これを意識化するように働きかける精神療法と,その療法によって得た経験に基づく精神病理学的理論を合せて精神分析と呼ぶ。その発展は,フロイトが中心であった 1940年代以前と,多くの精神分析家が世界各国に散らばってそれぞれ独自に活躍するようになった 40年代以後とに分けられる。

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デジタル大辞泉の解説

せいしん‐ぶんせき【精神分析】

フロイトによって始められた神経症診断の方法。また、さらに広く精神の無意識の深層を分析する方法をさす。フロイトによれば、精神過程は意識、前意識、深層である無意識の3層に分けられる。抑圧された願望はこの無意識層に押し込められると考え、それを対話・夢・連想などから発見、意識化することで治療しようとする。この方法は、宗教・芸術などの解釈にも広く応用される。

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百科事典マイペディアの解説

精神分析【せいしんぶんせき】

フロイトが神経症の治療法として創始した精神療法(精神分析療法)と,その理論から発展した彼の深層心理学の体系,およびその系統を引く学説と学派の称。英語でpsychoanalysisなど。
→関連項目アミタール面接異常心理学エディプス・コンプレクスエレクトラ・コンプレクス観念連合象徴深層心理学心理学精神分析療法ダリ土居健郎ニールフラストレーション

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栄養・生化学辞典の解説

精神分析

 言語,行動,空想,夢などの無意識的意味を理解する方法と,それを基盤に精神病者の治療を行う精神科学療法をまとめていう.

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世界大百科事典 第2版の解説

せいしんぶんせき【精神分析 psychoanalysis】

精神分析とは,創始者であるS.フロイト自身の定義に従うと,(1)これまでの他の方法ではほとんど接近不可能な心的過程を探究するための一つの方法,(2)この方法に基づいた神経症の治療方法,(3)このような方法によって得られ,しだいに積み重ねられて一つの新しい学問的方向にまで成長してゆく一連の心理学的知見,である。ここでフロイトの述べている方法とは,主として自由連想法である。この自由連想法は,定義の(1)(2)にみられるように治療法であると同時に人間心理の一探究法でもある。

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大辞林 第三版の解説

せいしんぶんせき【精神分析】

フロイトの創始した、神経症の病因と治療法に関する理論、ならびにそれに基づく精神構造一般についての理論体系。
深層心理や無意識に関連のある現象を主たる対象にした分析。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

精神分析
せいしんぶんせき
psychoanalysis

精神分析はオーストリアの精神科医フロイトによって初めて試みられた心理治療の方法であり、無意識を主体とした力学的心理学の理論体系であるが、今日では比類なく大きな射程をもつ人間科学の方法であり、心理学、哲学、思想、文学、芸術などさまざまな領域において大きな影響を与えている。精神分析は人間のとらえ方を根源的に問い直し、従来の人間観を根底から覆した。心理療法として、精神分析と対照的な立場にたつものは、行動主義の心理学に基づく「行動療法」である。精神分析と行動療法はあらゆる意味で対照的であるが、この違いをもっとも明確に示しているのは、刺激と反応という概念についての解釈の相違である。[外林大作・川幡政道]

精神分析と行動療法

精神分析においては、刺激は緊張をおこすものであり、反応は緊張を解消するものである。刺激に対して反応がおこると、刺激によって引き起こされた心理的緊張が反応によって解除され、平静な状態を回復すると考える。もし刺激が与えられたとき適切な反応がおきなければ、心理的緊張が残ることになる。緊張が残れば、なんらかの方法で緊張を解除しようとするし、平静さを回復しようとする。これが精神分析の基本的な考え方である。これに対して行動療法では、刺激と反応の結合が問題となる。刺激があれば、なんらかの反応(行動)がおこるというのが行動主義の基本的図式であり、症状はなんらかの刺激に結合した行動にほかならないものと考えられる。そこで、この刺激と反応の結び付きを強めたり、弱めたり、あるいは刺激に対して従来の反応とは異なる反応とを結び付けたりすることが、心理的治療になると考えられる。つまり、行動療法のもとになっているのは、連合主義の色彩の強い条件づけの理論であり、一般に学習心理学とよばれているものである。刺激と反応についてのこうした考え方の違いは、必然的に治療法の違いとなって現れる。[外林大作・川幡政道]

治療法としての精神分析――意識と無意識

精神分析のオーソドックスな治療の方法は、患者を長椅子(いす)に寝かせて自由連想を試みるように求める。頭に浮かんだことはどんなことでも話すように求める。たとえ治療とは関係なく、道徳的に認められないようなことであっても、思い出したことをそのまま話すように求めるのである。この意味で精神分析治療は、話すことによる治療(談話療法という)であるといってもよい。しかし、これは、自分の腹のなかにためていたことを話して気が晴れるから治療になるという意味ではない。心の奥底にたまり、症状のもととなっているものは、日常的な意味でのおしゃべりをしたぐらいで晴れるものではない。自由連想法というのは、おしゃべりでなく、ほんとうの話ができるようにするものである。おしゃべりをすると、ほとんどそのおしゃべりは自己弁護であり、自分の正当性を相手に納得させようとしたり、同情を求めようとしたりするものになってしまう。自分のありのままの姿をことばに出すというより、見せかけの自分をつくりあげることになる。この違いを、フロイトは意識と無意識という概念で示している。分析者と患者の間では主体と主体との関係で話が進められなければならないが、こうした関係がつくれると、エス・シュプリヒトEs spricht(ドイツ語。エスが語る)、すなわち主体としてのエス(イドともいう)が語り始め、無意識の欲望が語られるようになる。ラカンは同様のことを「充実したことば」「空虚なことば」という概念で示している。[外林大作・川幡政道]
重要な意味をもつ転移
治療法の問題として重要なことは、どうしたら自己弁護でない話をすることができるようになるかである。患者は自由連想で自己弁護し、防衛し、抵抗を試みるが、こうした抵抗が分析者によって解釈されるようになると、特殊な抵抗を試みるようになってくる。これが「転移」とよばれているものである。患者はそのことを意識しないが自分が子供であり、分析者が親であるかのような感情をもつようになり、「自由連想」のなかに親と子の関係が再現されたかのような態度がつくられてくる。転移というのは、幼児期の親子の関係が自由連想の分析状況のなかに移されたという意味にほかならない。このことは別の表現をすれば、患者は日常生活において新しい状況で新しい人と対面していても、その新しさを認識することができず、幼児期に親と子の間でつくりあげた人間関係に従って行動しているということであり、その「親子関係」がさまざまな問題点を含んでいるということである。「三つ子の魂百まで」といわれ、教育問題として、幼児期の家庭教育が重視されるのは、この時期の親子関係が、後年になっても消すことのできない刻印を残すからである。しかし、精神分析にとって重要なことは、幼児期の親子関係での経験そのものというより、分析状況のなかに転移されたもの、すなわち客観的事実というより心理的事実(心的現実)が問題であることはいうまでもない。[外林大作・川幡政道]
エディプス的関係
分析状況で転移されるもっとも重要な親子関係は、エディプス的関係である。父・母・子の、いわば三角関係である。男の子の場合を例にとっていえば、エディプス的関係は、母親に愛情を抱き、父親に敵意をもつことをいう。男の子は父親を無きものにし、母親と2人だけの関係を温存しようとする。これはいうまでもなく「近親相姦(そうかん)」の願望で、抑圧される運命にある。男の子は父親に対する敵意の報復として、父親から去勢されるのではないかという不安をもつからである。この不安をなくすために、男の子は自分を父親と同一視し、エディプス的関係を克服しようとする。克服されないときに、さまざまな症状がおきてくることになる。転移的関係のなかでは、こうした意味での症状が新しくつくられ、顕在化してくる。その症状の意味を理解することが、自己洞察を導き、治癒につながってくる。こうした精神分析の治療の考え方は、症状そのものを直接になくそうとするものではない。風邪(かぜ)をひいて熱が出たので解熱剤を服用して熱を下げようとするような対症療法ではない。症状そのものが問題でなく、こうした症状をつくりだすもとになっているもの、エディプス・コンプレックスとか去勢コンプレックスが問題なのである。これらのコンプレックスを清算しない限り、対症療法的に症状をなくしても、それにかわる新しい症状が現れてくるだけであると考える。
 こうした精神分析の考え方に対して、行動療法の考え方は対照的である。症状を対症療法的に条件づけの方法で消去することによって治療ができると考える。症状を取り除いても、精神分析のようにもとの症状のかわりの症状がおこるとは考えない。この違いは先に述べたような刺激―反応の考え方の違いによるが、無意識という概念を必要とするか、意味というものを考えるか否かということに依存している。行動主義においては、外に現れた症状が問題であり無意識の概念は不用で、意味を考える必要がないが、精神分析では、無意識、意味が理論的に肝要な問題となっている。精神分析が、しばしば無意識の心理学であるといわれるのもこのためである。精神病の言動は常識的に理解することがむずかしいが、神経症の場合もまたその言動を理解することがむずかしいことが多い。これはちょうど、「夢」が常識的に理解しにくいのと同様である。この意味から、神経症の症状と夢は類似の性質をもっているものであると考えられ、夢の意味を解釈することと症状の意味を明らかにすることは同じように治療的意義をもつとみなされる。[外林大作・川幡政道]
夢の解釈
精神分析において夢の解釈が重要な意義をもつのはこのためである。さらに一歩進めて考えるならば、夢と「白昼夢」といわれる空想も類似のものであるから、精神分析を治療としてでなく、心理学の研究の手段として考えるならば、「空想」を研究しようとするものであるといえる。夢は無意識を知るための王道であるといわれるように、夢や空想の研究によって、心の無意識過程、すなわち一次過程とよばれるものを明らかにすることができる。これを一般的な心理学の用語でいえば、動機を明らかにしようとしているといってよい。たとえば犯罪がおこるなら、その動機はなにかということがまず第一に問題になるが、無意識的一次過程を明らかにしようとすることは、こうした動機を明らかにしようとするものにほかならない。刑事は犯罪者の自白をもとにして怨恨(えんこん)が動機であるとか金取りが目的であると考えるかもしれないが、分析家は患者の病気の動機はすべて意識されていない性衝動にあるとみなしている。そのため、精神分析は汎(はん)性欲説であるといわれたりすることがある。しかし、精神分析の「性欲」の概念は常識的な意味での性欲とはかなり異なっている。人間を心理学的に理解するには、性欲を心理学的に概念化することが必要なのである。[外林大作・川幡政道]
精神分析における性欲
常識では性欲は食欲と同じように生物的な本能といってよいほどのものと考えられている。また、性欲は思春期になって初めて現れるものであると考えられている。しかし、フロイトにおいては、性欲は幼児期から現れているものであり、生物的本能とは別個の心理的な事実とみなされる。人間の心理を生物学の知識によって類推しようとするのでなく、心理学固有の概念によって人間の心理を説明しようとするからである。この意味では、他の心理学の理論のように生物学を援用するものでなく、純粋な心理学をつくろうとするものである。しかし、これは、人間が生物であることを否定するものではない。性欲は、生物学的な食欲に随伴して発現してくる衝動であると考えられるからである。すなわち、性欲の原型は、幼児が母親から授乳され満足して眠り始めるときのあの満足経験を再現しようとすることであると考えられる。これは、一度うまい食べ物を味わうと、その味を忘れることができなくて、もう一度あのようにうまい物を食べたいと願うのと同じことである。同じようにうまい食べ物を探しても、二度と同じようにうまい物に出くわすことができないように、幼児は満足経験を再現しようとするが、しかし、同じような満足を経験することができない。性欲には挫折(ざせつ)が付き物であり、代償的な満足でがまんせざるをえない。挫折しても求め続けるのが悲願なら、性欲はまさしく悲願となった願望である。
 こうした幼児性欲は、口唇期、肛門(こうもん)期を通してさまざまな身体的部位を利用して満足経験を再現しようとするが、男根期(3~6歳ごろ)に至ると男根を通して満足を得ようとする。しかし、これは近親相姦の禁止によって妨げられ、満足経験の再現を放棄しなければならなくなり、潜在期(6~12歳ごろ)に至る。そして思春期(12~17歳ごろ)に至ると、抑圧されていた近親相姦の願望は大きな変容を受け、他人との間に異性愛としての性欲が現れてくる。性欲はもともと母親からの授乳を契機にして発生してきたものであるから、養育者や保護者に性欲が向けられ(男根期)、さらに成長するにつれて、養育者や保護者と類似している人、その代理となるような人に向けられる。これに対して、指しゃぶりのような自慰行為にとどまるなら、性欲は自分自身に向けられ、いわゆるナルシシズム(自己愛)とよばれる性愛の類型、たとえば同性愛がおきてくる。幼児性欲は、満足を得られるならば、どんな対象であろうと手段として利用する。だから性欲には定型というものはない。なにが正常でなにが異常であるかを決められないことは、さまざまな性生活の報告書の示すとおりである。
 フロイトは後期になると、性欲をもっと包括的立場から考えるようになり、死の衝動(タナトスThanatos)に対立する生の衝動(エロスEros)として考えるようになる。ここでは満足経験の再現というより、衝動の一つの特質とみなされる強迫的に反復しようとする側面が強調され、満足経験の究極は静謐(せいひつ)、涅槃(ねはん)にあるという考えが示される。いずれにしても、性欲の実際問題は抑圧の運命を担うものと考えられる。性欲は抑圧と切り離して考えることのできないものである。[外林大作・川幡政道]

フロイトの考え方の基本

フロイトの基本的な考え方の立場は、(1)力学的考え方、(2)場所論的考え方、(3)経済的考え方であり、この三つの立場から心的現象を記述したときに全体的に説明したことになる。これはフロイトの科学的な思考様式を示すものであるが、実際には場所論的記述はできても経済的な説明ができないというような場合も多く、三つの立場から完全に記述できることのほうがまれであるといったほうがよい。
(1)力学的考え方は、たとえば抑圧という概念によく示されている。抑圧は意識に現れようとするものを食い止めようとすることであるが、この二つの力の均衡、葛藤(かっとう)として症状を理解しようとする。
(2)場所論的立場は、前期の意識系・前意識系・無意識系、後期のエス・自我・超自我という概念によく示されているように、心という装置を空間的な位置関係によって理解しようとするものである。
(3)経済的考え方は、エネルギー充当(備給)の概念を具体的に記述しようとするもので、エネルギーをあたかも金銭のように考え、その流通・貯蓄として心的現象を記述するものである。平たくいえば、人間というものはうまくできているものだというときに意味されることのようなもので、快感原則によって示されているものである。たとえば、抑圧のときに意識に現れるものを食い止めるためにはエネルギーが必要であるが、そのエネルギーはなにも新しく調達する必要はなく、反対エネルギー充当によって可能になるといったようなものである。[外林大作・川幡政道]

精神分析の影響

こうしたフロイトの精神分析が精神医学や心理学に大きな影響を与えたことはいうまでもないが、思想、芸術にも大きな影響を及ぼした。心理学に限っていうならば、前述の行動主義の心理学のようにまったく対照的で立場を異にするものもあるが、フロイトの影響をもっとも強く受けているのはゲシュタルト心理学者のレビンであり、その流れをくむものである。彼の心理学はトポロジー心理学とよばれるが、これは場所論的考え方をより論理的なトポロジーによって表現しようとしたものである。力学的考え方は、ゲシュタルト心理学の全体にみられるもので、とくにレビンに特有なものではないが、研究領域はフロイトと共通した面を多分にもっている。経済的考え方は、一見したところレビンに欠けているようにみえるが、ゲシュタルトという概念そのものが快感原則あるいは恒常原則と軌を一にしたところをもっていることを考慮するならば、レビンにおいては改めて取り上げる必要のないものでもある。
 第二次世界大戦後脚光を浴びてきた臨床心理学が精神分析の影響を強く受けていることは当然のことであり、その後の心理療法、人格論は精神分析の影響下にあるといわなければならない。精神分析とまったく異なる知能の研究をしたピアジェの発達理論が、フロイトの精神分析と対比されることも興味のあることである。しかし、これで心理学と精神分析の間隙(かんげき)が埋められたというのは早計である。両者の間にはまだかなりの隔たりがある。これは、実験的方法をとろうとする心理学と、臨床的方法をとる精神分析との違いということもできる。[外林大作・川幡政道]

精神分析の問題点と批判

フロイト以後の精神分析を一瞥(いちべつ)してみると、さらに別の問題が残されていることも明らかである。精神分析の歴史は、フロイト批判と離反に終始しているといっても過言でないところがある。1911年にアドラーは、フロイトの性欲論に反対し「個人心理学」の一派をつくった。その内容は、個人心理学という名称とは裏腹に、衝動の基本は社会的関心にあるという。この考えは、後年の新フロイト派に影響を与えた。1914年になるとユングが、フロイトの性欲論に反対し、「分析心理学」を提唱するようになり、無意識を個人的無意識と集合的無意識に分け、無意識を系統発生的に考えるようになる。第二次世界大戦後になると、フロイトの生物学的考え方に対して、社会的・文化的影響を重視する新フロイト派とよばれる一群の分析家が現れた。そのうちで日本でもっとも有名なのはフロムである。新フロイト派がアメリカ文化に支えられているのに対し、一方、イギリスでは対象関係理論とよばれる一派が形成されている。この場合には親子の関係が重視されるが、生物学的な考えを捨てようとする点では、新フロイト派と同じ傾向をもっている。正統派の精神分析は、自我心理学ともよばれ、こうした異端とは異なり、より心理学に接近しようとしているが、かならずしもその成果は期待されるほどのものではない。生物学的な外傷理論を捨て純粋心理学的な空想理論を構想したフロイトの本旨にもとるという批判もある。その批判の代表者がラカンである。フランスのラカン一派は正統派とはまったく異なるが、「フロイトに帰れ」というスローガンのもとに、フロイトを再評価し、精神分析内部だけではなく、思想界にも大きな影響を与えている。精神分析は新しい思想の形成につながっているが、家族の崩壊、生理学の巻き返し、コンピュータ化の時代のなかで21世紀の精神分析はどのような展開をみせるだろうか。[外林大作・川幡政道]

精神分析と文学・芸術

フロイトはしばしば精神分析の研究を志す人たちに対して文学作品を精読することを勧めているが、彼自身もギリシア古典をはじめとし、ゲーテ、シェークスピア、ドストエフスキーなどの作品のみならず、当時のあまり有名でない作家の作品まで愛読していた。彼の文学に対するこの強い関心の理由は『夢の解釈』(1900)に示されている。詩や作品を読むことは夢を解釈することと同じだからである。解釈とは一次的無意識過程が二次的意識過程にどのようにして変換されるかを明らかにしようとすることであるが、文学作品はその素材を提供するものにほかならない。これは文学作品に適用されるだけでなく、絵画にも通用する。シュルレアリスムは、フロイトの影響を受けて絵画的作品の解釈を試みたといえる。ラカンやデリダらの解釈あるいは文学批評は、基本的にはフロイトの構想に負うものである。[外林大作・川幡政道]
『土居健郎著『精神分析と精神病理』第2版(1970・医学書院) ▽西園昌久著『精神分析の理論と実際 神経症編・精神病編』(1975、1976・金剛出版) ▽ホーナイ著、川口茂雄・西上裕司・我妻洋訳『精神分析とは何か』(『ホーナイ全集7』1976・誠信書房) ▽外林大作著『フロイトの読み方』1、2(1983、1988・誠信書房) ▽ジュアン・ダヴィド・ナシオ著、榎本譲訳『精神分析 7つのキーワード――フロイトからラカンへ』(1990・新曜社) ▽ロラン・ドロン著、外林大作監修、高橋協子訳『知の精神分析――フランスにおけるフロイト理論の展開』(1998・誠信書房) ▽S・フロイト著、高橋義孝・下坂幸三訳『精神分析入門』上下(新潮文庫) ▽宮城音弥著『精神分析入門』(岩波新書) ▽小此木啓吾著『現代の精神分析――フロイトからフロイト以後へ』(講談社学術文庫) ▽新宮一成著『ラカンの精神分析』(講談社現代新書) ▽ジークムント・フロイト著、高橋義孝訳『夢判断』上下(新潮文庫)』

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世界大百科事典内の精神分析の言及

【エミー・フォン・N】より

…その後彼女は,何人もの医師に催眠療法を受けたが,いつも軽快の後に医師に反感を抱いて再発するパターンを反復した。この経験を通してフロイトは,催眠療法の効果が医師との感情関係により左右される事実についての認識を深め,これが精神分析の新たな方法を樹立するための重要な基礎となった。【馬場 謙一】。…

【エリーザベト・フォン・R】より

…さらにまた,〈頭に浮かんだままに話させる〉自由連想法を発見する契機となった症例としても忘れえない。この自由連想法こそ,無意識の世界の探求を可能にしたものであり,患者が自分の理性によって無意識を洞察するこの方法によって,はじめて精神分析が誕生したといえる。【馬場 謙一】。…

【心理学】より

… 以上述べてきたさまざまな心理学のほかに了解心理学の流れがある。了解心理学はW.ディルタイにはじまるが,了解を直接経験の直観的把握にとどめず,精神構造の理論に裏打ちさせたのがS.フロイトの精神分析である。彼の理論は,神経症者の心を扱わなければならない開業医としての必要性からつくられた理論で,アカデミックな心理学とは無関係であるが,一つの心理学理論として見れば,はじめは自我本能と性本能,のちには〈生の本能〉と〈死の本能〉の二つの基本的本能の表れとして精神現象を説明する本能論心理学である。…

【精神療法】より

…一般に,危機や新しい不安に対しては,受容的態度で患者の自己表現をはかり,洞察をまつが,慢性化した行動や態度の異常に対しては学習や訓練の側面が中心となる(行動療法,森田療法)。治療者との人間関係に重点をおくもの(精神分析,カウンセリング)から特殊な状況のなかでの変容を期待するもの(森田療法,内観療法)等,また,理論や利用する手段に従ってさまざまな分類がある。不安および不適応行動の成立についての科学的理論とそれに基づく技法がないと精神療法とはいえないが,宗教による〈癒し〉のみならず,日常生活の中の人間関係の支援にも共通するメカニズムを見いだすことはできる。…

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