翻訳|castration
雄性の生殖腺である精巣を摘出するか,あるいは他の方法でその機能を廃絶させること。雌の卵巣を摘出する卵巣割去を含めることもある。去勢により雄は雄性ホルモンの分泌が絶たれるため二次性徴は消失する。ヒトでは前立腺癌や乳癌などのホルモン依存性腫瘍の治療のため去勢を行うが,家畜ではその利用価値を高めるためにしばしば用いられる。すなわち肉用家畜では雄畜の肉の不快なにおいが除かれ,かつ筋繊維が細かくなって肉質が向上するうえ,脂肪の蓄積がよくなって肥育性が増す。また役用家畜では性質が柔順となり,使役しやすくなる利点がある。イヌ,ネコなどの愛玩用家畜では,発情期の喧騒を避け避妊するための去勢や卵巣割去が実施される。去勢の時期はさまざまだが,ウシでは生後6ヵ月まで,ブタでは1ヵ月齢以前が普通である。去勢の方法としては,外科的な手術により精巣を剔除(てきじよ)する観血去勢法や,精系を糸かゴムバンドで結紮(けつさつ)したり,鉗子(かんし)で挫滅(ざめつ)したりする無血去勢法が用いられる。観血去勢の場合には精系を結紮する止血が完全かどうかを確かめたうえで切除することと,手術部位の消毒に留意し化膿を防ぐことが肝要である。挫滅去勢は簡単だが,陰囊のはれがひくのに時日を要する場合がある。また生殖腺は放射線に対して敏感で,一定量以上の照射でその能力を消失するため,これにより去勢することもできる。雌性ホルモンを大量に投与しても,雄の性腺の活動を抑制して去勢と同じ効果をあげることができる。これをホルモン去勢といい,外科的方法よりも簡便であるので,大羽数の処理が必要なニワトリで一時は用いられたが,投与ホルモンが食肉中に残る危険性があるため現在ではその使用は禁止されている。なお,古くは去勢された雄ウマを騸(せん),雄ウシを閹(えん)牛と呼んだ。
執筆者:正田 陽一
寄生によって宿主の生殖腺や二次性徴に変化を生じることであるが,その変化の程度はいろいろで,真の意味での去勢の語がむしろ不適当な場合も多い。最もよく知られているのはフクロムシやナガフクロムシ類(甲殻綱蔓脚(まんきやく)類)がカニやヤドカリ類(甲殻綱十脚類)の腹部に寄生して起こるサッキュリナ去勢と,エビヤドリムシやカニヤドリムシ類(甲殻綱等脚類)がエビやカニ類(甲殻綱十脚類)のえらや腹部に寄生して起こるエピカリダ去勢である。前者では寄生を受けた雄は精巣の退化に加えて,はさみの小型化,交尾器の縮小と抱卵肢の発達,腹部の広幅化など外形と二次性徴の雌化が起こる。後者の場合にも精巣の卵巣化が見られることが多いが,一般に二次性徴に大きな変化はない。甲殻類間の寄生関係以外にも,中生動物直遊類のRhopalura ophiocomaeが雌雄同体のアゴクモヒトデAmphiura squamataの生殖腔に寄生すると卵巣の発育がおさえられること,扁形動物吸虫類のスポロシストやレディアが中間宿主の巻貝に寄生する際,卵巣または精巣に直接寄生するとこれら生殖腺は破壊されてしまうことなどの例もある。
寄生去勢の機構については,宿主の物質代謝あるいはホルモン分泌の変化などに原因を求める諸説があるが,普遍的に受け入れられるものはない。
執筆者:武田 正倫
家畜雄の去勢はもちろん,人間男子の去勢の歴史は古い。その最も古い前3千年紀メソポタミア,シュメール都市国家の記録によれば,女奴隷の男の子が去勢され,舟ひきの労に服していたという。中国では春秋時代の証拠があり,皇帝の側近としての宦官(かんがん)の存在は清朝まで続いた。また古代ペルシアをはじめオリエント世界の宦官(エウヌック)は,後宮の看視役をも果たした。
このシュメールの去勢奴隷は,アマル・クッド(去勢牛)と呼ばれ,これは本来馴致(じゆんち)された耕作用の去勢牛を指す言葉である。また地中海地域には古代より,追随性のあるヒツジ群行動の統御のため,去勢され訓育をうけた誘導雄ヒツジの利用があり,牧夫と管理される群れの中間にあって,牧夫の命令をきき分けるものとしてのあり方は,支配者と人民の仲介的存在として,支配者の意を伝える宦官に通ずるところがある。また大家畜の雄は,雌を求めるための競合を避けるため大半去勢され,性的無能のために雌群とともに放牧されることもある。後宮の看視役としての宦官は,それに似ている。
性的能力のない無性者は,子を残しえない者として,支配者にとって無難であり,政治的無力に通ずる。それゆえにこそ奴隷として社会的周縁に位置する一方,権力の中枢にも近づきえた。このような去勢された者の特異な位置は,去勢された家畜についても認められるようで,地中海地域の誘導去勢雄ヒツジは,牧夫の意を受けとめて守る手先として,牧夫によってたいせつにされ,他のヒツジは無名であるのに,しばしばリーダーを象徴する固有名をさえ与えられている。東アフリカのウシ牧畜民の下で,男子は特定の色の雄ウシを選び去勢して,それを自己の伴侶とみなし,特異な愛情をもって尊重する。去勢されたものの中性的かつ中間的性格は,文化的象徴としても意味をもつ。
日本においては,明治期まで家畜の去勢技術をもたず,宦官の制も中国から摂取しなかったのは,牧畜文化的な管理の発想の欠如と無縁ではない。
→カストラート →家畜 →牧畜文化
執筆者:谷 泰
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
動物の雄の精巣(睾丸(こうがん))を手術的に摘除するか、または性腺(せいせん)刺激ホルモン放出ホルモンアナログの大量、持続的投与などにより生殖腺(性腺)機能をなくさせることをいう。雌の卵巣摘除を含めることもあり、この場合は性腺摘除gonadectomyともよばれる。普通は両側の性腺摘除を意味する。
[白井將文]
精巣(睾丸)摘除術によらず、性腺刺激ホルモン放出ホルモンのアナログを大量に持続的に投与することにより性腺機能をほぼ完全に抑えることができるようになったが、外科手術による去勢と多少意味が違ってくる。なお、男性の場合、両側の精巣摘除による心理的影響を緩和するため、シリコーンの義精巣を陰嚢(いんのう)内に挿入することがある。
両側の性腺が摘除されると、男性では男性ホルモンのテストステロン血中濃度が、女性では卵胞ホルモンのエストロン血中濃度が、それぞれ低下する。これに伴って下垂体前葉に特有な細胞(去勢細胞)が多数出現し、性腺刺激ホルモン(ゴナドトロピン)を分泌する。すなわち、視床下部―下垂体―性腺のホルモン分泌のフィードバック機構によるものであり、男性ではゴナドトロピンが増え始めて、30~60日後に血中濃度が一定値に落ち着く。女性の場合は去勢後20日前後に最高値に達して一定となる。この値は、閉経後の女性の値に近いものである。
なお、前立腺癌(がん)のうち、80~90%はアンドロゲン(男性ホルモン物質の総称)依存性があり、去勢によって精巣性アンドロゲンを体内から消失させることにより、癌細胞を退行変化させようという抗アンドロゲン療法の一つを去勢療法という。しかし、最近では精巣摘除術はほとんど行われなくなり、もっぱら性腺刺激ホルモン放出ホルモンアナログの大量、持続的投与が行われるようになった。これに抗アンドロゲン剤投与を併用すると効果がより大きくなる。
男性で二次性徴発現前に去勢を行うと、精巣上体(副睾丸)、前立腺、陰茎などの副性器の発育が停止して萎縮(いしゅく)や性器発育不全をおこし、中性的な体型の男性(いわゆる類宦官(かんがん)症)となる。成人になってから去勢すると、二次性徴が徐々に退行し、性欲減退などがみられる。女性の場合も二次性徴発現前に去勢を受けると、子宮、卵管、腟(ちつ)、陰核などの副性器の発育が停止して性器発育不全をおこし、中性的な体型となる。
[白井將文]
家畜を改良するには、利用しようとする能力をいっそう向上させ、強力に遺伝させることが重要である。また、動物の雄は性的に成熟すると闘争心が強くなり、群れのなかでのボス的位置づけが決まるまで争うことがある。このため家畜では、繁殖上の必要がない個体は、性的成熟の前に雄性生殖腺である精巣を外科的に切除する。一般に去勢とよばれるこの手術により、肉質の粗剛化を防ぎ、肥育の面でも筋繊維間に適度な脂肪の沈着・蓄積を図り、市場価値への向上に務めている。さらに、飼育の面では群飼も可能になる。一方、雌の生殖器は腹腔(ふくこう)内にあり、これを切除するのは煩雑である。しかし、ほぼ雄の去勢に近い目的で卵巣を割去することもあり、これを卵巣去勢とよぶ場合もある。
ウシやブタ、ニワトリでは、飼養規模が大きく一度に大量の去勢手術が望まれることから、便利な器具が考案されている。しかし基本的には、精巣を覆っている陰嚢を切皮し、精系を切断して出血を止め、化膿(かのう)を防ぐことである。また、ウシでは近年、陰嚢の基部に鈍性の刃を挟んで強力に圧切し、精系を挫滅(ざめつ)して去勢の目的を達する無血去勢鉗子(かんし)法が行われる。ウマでは競走馬を除いて、乗馬とか使役馬として柔順化を図る目的で、メンヨウでは肥育と毛質の改善のために去勢をする。イヌやネコでは、発情時期の喧噪(けんそう)と雑種の繁殖を防ぐために卵巣去勢が行われる。このほかに、イヌに対して発情抑制剤を皮下に移植する方法と、懸濁(けんだく)水性液の注射を数回くり返して発情を抑え、妊娠を防ぐ方法がある。皮下移植の場合、ある一定期間内に抑制剤を摘出することが必要で、摘出すると発情は再発し、注射の場合は投与を中止すると発情が再発するため、それぞれ一時的な避妊処置として使われる。
[本好茂一]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…人為的に植物の雄性器官を取り除くこと。同じ操作を動物に施す場合には去勢という。作物では品種改良で交配を行うときに,自花受粉を防ぐためにとくに必要とされる操作である。この場合の除雄は,花粉が成熟する前の時期に行う必要があり,一般には人手により,未裂開の葯を完全に除去し,花粉が飛ばないようにする。イネでは花粉のほうが子房よりも温度に対する抵抗性が低いので,この差を利用して穂を温湯に浸して花粉のみを死滅させる方法もある。…
…断尾は断尾器を用いて,第3と第4の尾椎間で切断する。肉用のものでは雄の去勢も行われる。削蹄(さくてい)は3ヵ月に1回くらい行う。…
※「去勢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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