同一化ともいう。一般的には模倣、心理的感染、共感、感情移入といったような概念と同義語のように使われるが、精神分析では人間関係の基本的問題を扱い、人格の形成、とくに自我や超自我の形成とかかわりのある重要な概念であり、対象が感じ、考え、行為するのと同じように感じ、考え、行為することをいう。フロイトにおいては一次的同一視と二次的同一視が区別されるが、一次的同一視は主と客はまだ分化していないが、まったく未分化で主客の区別がないのでもない状況で表れる根源的な感情のつながりのことをいう。たとえば生まれたばかりの嬰児(えいじ)と母親との関係のようなもので、子供には自分と母親の区別はできないが、そこにはすでに感情的なつながりがあるというのである。二次的同一視は主客の区別のある対人関係のなかでおきるものである。こうした感情的なつながりをもとにして他人の人格的な諸特性を手本として自分のなかに取り入れ、独立した人格をつくりあげる無意識的な心理過程が同一視とよばれるものである。フロイトの末娘アンナ・フロイトAnna Freud(1895―1982)は、超自我形成の前段階として攻撃者との同一視を重視している。
男根期の男の子は父親に対して特別な関心をもち、父親のようになりたいと願っており、父親を手本にしているといってもよい。このように父親と同一視している反面、母親に愛情をもつようになりエディプス的状況がおきてくる。そこで母親の愛情を確保するためには、父親はじゃま者になってくる。そのため父親との同一視は敵意を含んだものとなり、父親を排除し、とってかわろうとするものとなる。この意味で同一視は、アンビバレントambivalent(両面感情的)な感情をもつものである。アンビバレントな感情は口唇期の特徴をも示すものであるから、同一視は対象選択が破綻(はたん)し、対象喪失によって心理的に退行したときにおこるものであるとも考えられる。こうした同一視の概念によって、神経症の症状、同性愛、集団における成員と指導者との関係などの理解が容易になるが、同一視はかならずしも一義的に明確な概念ではない。
[外林大作・川幡政道]
『フロイト著、井村恒郎訳「悲哀とメランコリー」(『フロイト著作集6』所収・1970・人文書院)』▽『フロイト著、小此木啓吾訳「集団心理学と自我の分析」(『フロイト著作集6』所収・1970・人文書院)』▽『アンナ・フロイト著、外林大作訳『自我と防衛』第2版(1985・誠信書房)』
精神分析の用語。〈同一化〉とも訳される。個人が人格(自我,超自我)を形成する基本的な機制で,他者の諸特性を自己のものとし,それに従って変容する心理的過程をいう。個人の現在の人格は過去の一連の同一視の集積であるといえる。この基本的な役割のほかに同一視はいろいろな場合に用いられる。たとえば自分を強者と同一視して劣等感から逃れる場合がある。ボクシングの観客はひいきのボクサーと自分とを同一視して,あたかも自分が今リングの上で戦っているボクサーであるかのように相手を殴る身ぶりを無意識的にやってしまったりする。尊敬している人物のちょっとした癖などを知らぬ間に身につけていることがある。このように同一視は無意識的である点で意識的な模倣と異なる。愛の対象を失った悲しみをまぎらわせるために同一視が用いられることもある。たとえばかわいがっていた猫に死なれた子どもは,猫のかっこうをして床をはい回ったりする。自分を死んだ猫と同一視し,自分のなかに猫を再現することによって愛の対象の喪失をつぐなっているわけである。偉大な指導者を失った者は自分を死んだ指導者となおさら強く同一視し,彼の教えを生前以上に忠実に守るようになる。
同一視はこのように肯定的とは限らず,否定的な場合もある。たとえば自分のいやな面と対象とを同一視し,自分が自分のその面を嫌っているのと同じように対象を嫌う場合(〈投射(影)的同一視〉)。また,たとえば幽霊が恐ろしい子どもが恐怖から逃れるために,あたかも自分が幽霊であるかのようにふるまう場合(〈攻撃者との同一視〉)など。個人は,多くのさまざまな対象と同一視するわけで,ある同一視と別の同一視が対立することもあり,個人の心のなかの葛藤が個人の過去における二つの同一視の対立を表していることもありうる。
→防衛機制
執筆者:岸田 秀
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…その証拠として,フロイトは,乳児が満腹時でも吸引活動を示すこと,やがて指しゃぶりに没頭すること,成人の性生活においても口唇と口腔が大きな役割を演じることなどを挙げた。この時期は,対象を体の中にとり入れてゆく時期であるために,フロイトは〈食人的〉であるとも形容しており,この体内化incorporationが人間の心的機制としての同一化identificationの原形をなしている。さらにK.アブラハムは,口唇期の中に,後期の歯の発育に呼応する〈口唇サディズム期oral sadistic stage〉をとり出した。…
…野生のチンパンジーにも,食性,道具使用の行動など,地域集団によるサブカルチャーの違いが認められている。サブカルチャーの伝達に関して,今西は,若い個体が自己をあるおとなのサルに同一視し対象の行動型を全的に獲得するメカニズムを想定して,アイデンティフィケーションidentificationと呼び,群れ中心的な社会的行動の伝承を説明しようとした。【黒田 末寿】。…
…生物の分類に際して,与えられた材料がどの分類群に属するかを判定する作業。手順としては,それが現在知られているどの分類群の変異域に収まるかを鑑定し,その分類群の学名に合わせる。すべての分類群の範疇(はんちゆう)が確定されたものでないことを考えれば,同定という作業には,鑑別された分類群の定義が正しいかどうかという批判が含まれるべきはずであるが,一般には,鑑定と同じような意味で同定という語が使われることが多い。…
…たとえば父親への憎悪を抑圧し,より安全に攻撃できる教師に向ける場合。この場合は父親と教師との〈同一視〉という防衛機制も働いている。〈同一視〉は自分を強者と同一視して劣等感から逃れるといった場合にも用いられる。…
※「同一視」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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