比叡山延暦寺(えんりゃくじ)の出版物。最古の明確な叡山版は、1279年(弘安2)から1296年(永仁4)にかけて、権大僧都(ごんのだいそうず)承詮(しょうせん)の発願により、日吉山王(ひえさんのう)に奉納のため刊行された粘葉装(でっちょうそう)で80帖よりなる『法華(ほっけ)三大部』とその注釈書である。室町時代の後印本(ごいんぼん)が大東急記念文庫にある。鎌倉時代の叡山版はこの一部のみであるが、江戸初期にわが国に初めて活字印刷術が取り入れられたとき、延暦寺内の各寺院においても、1601年(慶長6)から1634年(寛永11)までの間に、この技術を用いて数十部の図書を出版した。一般にこれをさして叡山版とよんでいる。延暦寺は京都に近く、財政も豊かで、学僧が多かったので、研学用の天台宗関係書の自給自足を図る必要から、活字版による出版が盛んに行われたのであろう。寛永(かんえい)(1624~44)中期以後、叡山版は急速に衰微し、書店による出版がこれにかわった。叡山版は現在、阪本(滋賀県)の叡山文庫と日光の慈眼堂(天海蔵)にもっとも多く伝存している。
[福井 保]
『川瀬一馬著『増補古活字版之研究』(1967・ABAJ)』
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…日本では平安時代,写経供養に代わってはじめて摺経(すりきよう)供養(経典を印刷することで供養を行う)が行われたが,いずれも死者の冥福(めいふく)を祈り,罪業障滅をねがうためのものが多かった。 奈良の興福寺を中心とした春日(かすが)版,鎌倉初期以来高野山において開版された高野版,醍醐(だいご)寺で開版された醍醐寺版,比叡山で開版された叡山版,京都の知恩院を中心とした浄土教版,奈良の諸大寺(東大寺,西大寺ほか)による奈良版,さらに鎌倉時代から南北朝(14世紀)を経て,室町時代末期(16世紀)にいたる,京都の五山を中心として開版された五山版など,とくに寺院版として著名である。寺院版ははじめは仏典に限られたが,鎌倉時代に入って,入宋僧の手により,仏典以外の儒書,詩文集,医書などの移入をみた結果,やがてそれらの復刻および国書の刊行をみた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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