名瀬間切(読み)なぜまぎり

日本歴史地名大系 「名瀬間切」の解説

名瀬間切
なぜまぎり

大島の北部南西側に位置する。大島七間切の一つで、奈瀬・名勢とも記される。琉球王国の地方行政単位で、近世にも継承され、龍郷たじご方・名瀬方二方に区分されていた。現在の龍郷町北西部から名瀬市の北部・中央部にわたる地域。源平合戦に敗れた平家の落人が喜界きかい島から大島に渡海して領知、うち平有盛は浦上うらがん(現名瀬市)を拠点に名瀬間切・笠利かさん間切を支配したと伝える(安永二年「平家没落由来記」奄美大島史)

「おもろさうし」第一三に「名瀬の祭神 有屋奇せ宣り人 瀬名波掟 追手 乞うて 走りやせ 伊津部祭神 名瀬の浦の八里」と謡われている。「中山世鑑」巻五によれば、「北夷大島」が謀反したとして尚清王は五〇余艘の大船をもって嘉靖一六年(一五三七)渡海、大島名勢の津に着岸すると、逆徒は一戦にも及ばず降参したという。


名瀬間切
なぜまぎり

大島七間切の一つで、奈瀬・名勢とも記される。琉球王国の地方行政単位で、近世にも継承された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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