内科学 第10版 「嚢胞性膵腫瘍」の解説
嚢胞性膵腫瘍(膵疾患)
囊胞性膵腫瘍には多くの種類があるが,日常的にみるものは数種である.小さいときから囊胞としてできるものと充実性腫瘍が大きくなって囊胞化したものがある.良性か悪性か,良性なら悪性化の可能性の程度,切除適応か経過観察でよいかを判断する必要がある.
分類
粘液性囊胞腫瘍(mucinous cystic neoplasm:MCN),漿液性囊胞腫瘍(serous cystic neoplasm:SCN),膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm:IPMN),充実性偽乳頭腫瘍(solid-pseudopapillary tumor:SPT)のほか,本来充実性であるが囊胞性変化をした腺房細胞癌,内分泌腫瘍,粘液癌などがある.
病因
病因はどれも不明である.MCNはほとんどが女性で組織学的に卵巣様間質をもつ点から遺伝的・内分泌的素因の関与が指摘されている.SCNはvon Hippel-Lindau病の膵に生じやすいことから過誤腫の可能性が唱えられ小児例や多発例の報告もある.IPMNは同じ膵管由来の膵癌との関連性が注目されている.SPTには小児例やプロゲステロン受容体(progesterone receptor)陽性例が多いことから遺伝子異常や性ホルモン依存性など諸説がある.
疫学・統計
MCNは膵の外分泌細胞由来の腫瘍の2~5%とまれである.ほとんどが閉経前後の女性の膵体尾部にみられるが,ごくまれに男性例や頭部例の報告もある.SCNはさらにまれで,女性が多く70%を占めるが高齢者が多い.近年,IPMNの報告が増加している.分枝型は高齢男性の膵頭部に多い.SPTは外分泌系腫瘍の1~2%とまれで,小児期から思春期に好発しほとんどが女性である.膵全体に生じ得るがまれに膵外にも生じ,異所性膵組織由来と考えられている.
病理
1)粘液性囊胞腫瘍:
粘液を入れる囊胞性腫瘍で,内部は隔壁で大きく分かれ(macrocystic)多胞性となることが多い.厚い共通の被膜をもつ肉眼形態はcyst in cyst appearanceと表現される.被膜には石灰化をみることがある.内面はPASやアルシアンブルーに染まる粘液を産生する高い円柱上皮で覆われる.上皮下に卵巣と同様に好酸性で紡錘形の細胞からなる卵巣様間質を有することを特徴とし,この間質はエストロゲン,プロゲステロン,ヒト絨毛性ゴナドトロビン(human chorionic gonadotropin)受容体が陽性のことが多い.上皮の異型は部分的に高度になることが多く,悪性度の診断には腫瘍全体の検索が必要である.免疫組織化学染色でCEA,CA19-9,p53の陽性度が強いほど悪性度が増す.
2)漿液性囊胞腫瘍:
多数の小囊胞が蜂巣状(honeycomb appearance)に集簇し薄い被膜に覆われた腫瘍で典型的なmicrocystic typeと,囊胞が大きく,数も少ない(oligocystic) type,まれには充実性のものがある.囊胞内容は漿液で内面の単層立方上皮の細胞質にグリコーゲンを含む.胎児膵の腺房中心細胞がグリコーゲンを含むために,この腫瘍の起源を腺房中心細胞に求める説がある.PAS染色で赤く染まりジアスターゼで消化される.星芒状中心瘢痕(stellate central scar)をもつことが多く,被膜や中心瘢痕に石灰化も多い.悪性はごくまれで診断が確実ならば無症状である限り切除は必要ない.免疫組織化学染色でCA 19-9,サイトケラチンが陽性のことから膵管細胞起源も唱えられている.
3)膵管内乳頭粘液性腫瘍:
多量の粘液を産生し乳頭状増殖を示す円柱上皮からなる腫瘍で罹患膵管が拡張する.病変の局在により主膵管型,分枝型,混合型に分類される.組織学的異型は過形成から腺腫,腺癌まで各種あり,経過とともに悪性化する確率が上昇する.悪性化傾向は型によって異なり,主膵管型は診断時に平均約70%が悪性である.一方の分枝型はブドウの房状の形態をとり(cyst by cyst appearance),膵管と交通し共通被膜はない.診断時70%以上が良性である.
4)充実性偽乳頭腫瘍:
好酸性の細胞質をもつ多角形の細胞が線維と血管からなる細い間質を中心として乳頭様の構造をとる.本来は充実性の腫瘍の内部が変性を起こして一部囊胞化することが多く,囊胞内面に上皮はない.上皮系,間葉系,外分泌系,内分泌系などさまざまの特徴を示すため幹細胞起源が考えられている.腺房細胞起源を示すα1-アンチトリプシン,内分泌細胞起源を示す神経特異エノラーゼ,間葉系起源を示すビメンチンが陽性で,インスリン,グルカゴン,ソマトスタチンなど膵ホルモンが陽性のこともある.
病態生理
1)粘液性囊胞腫瘍:
膵管との交通はないことが多いが最近の報告では18%にみられている(Yamaoら, 2011).小さいものは腺腫で,増大すると腺癌となる腺腫-癌連続(adenoma-carcinoma sequence)を示す.癌化すると壁在結節とよぶ隆起や隔壁肥厚を生ずる.悪性例の頻度は約半数とされる.
2)漿液性囊胞腫瘍:
増大速度は緩徐で圧排による症状は大きくなってしか生じない.
3)膵管内乳頭粘液性腫瘍:
分枝型膵管内乳頭粘液性腫瘍の悪性指標として,囊胞径が大きいこと(>3 cm),壁在結節が大きいこと,隔壁肥厚があること,主膵管拡張が高度であることなどがあげられる(Tanakaら, 2006).悪性化して上皮内癌が一旦膵実質浸潤をきたすと,通常型の膵癌と同様の強い浸潤・転移傾向をもつようになる.
4)充実性偽乳頭腫瘍:
まれに血管,神経,膵実質への浸潤があるものは充実性偽乳頭癌とよび,DNAサイトメトリーでaneuploidy(異数性)を示すと報告されている.肝その他の臓器やリンパ節に転移する.
臨床症状
症状はないことが多いが腫瘍が増大すると胆管・主膵管ほか他臓器への圧迫により上腹部痛・不快感・悪心・嘔吐・体重減少,膵頭部にあるものではまれに黄疸をきたす.膵管内乳頭粘液性腫瘍は,膵管から乳頭を通って流出しようとする粘稠な粘液のために急性膵炎や心窩部不快感などの症状をきたすことがある.充実性偽乳頭腫瘍は腹部不快感・腹痛や腹部打撲後に腫瘍の破裂による腹腔内出血をきたすことがある.
検査成績
粘液性囊胞腫瘍と膵管内乳頭粘液性腫瘍で血清のCEAやCA19-9の高値は癌化を示す.超音波内視鏡下に囊胞を穿刺して得た内容のCEAは粘液のため高値で,ほかの囊胞との鑑別に有用と報告されているが,すでに癌化していた場合は穿刺部から漏れた内容液の散布により腹膜偽粘液腫(pseudomyxoma peritonei)をきたす可能性があり,わが国では行われない.仮性囊胞と異なり内容液のアミラーゼが高値を示すことは少ない.
診断
囊胞性膵腫瘍のほとんどはほかの目的で行った超音波やCTで偶然診断される.
1)粘液性囊胞腫瘍:
内部は大きく隔壁で分かれたり一部に小さな囊胞をもつことが多いが全体は共通の被膜で覆われ,cyst in cystとよばれる外観を呈する(図8-9-10).
2)漿液性囊胞腫瘍:
超音波やCTで境界明瞭な多血性(hypervascular)の多房性囊胞を示す.約半数が中心部から辺縁部にかけて次第に大きくなる小囊胞が集簇する蜂巣状の構造を呈し,2割弱が特徴的な星芒状中心瘢痕(stellate central scar)を有す(図8-9-11).被膜や中心瘢痕に石灰化がみられることがある.囊胞が大きく膵管内乳頭粘液性腫瘍類似のmacrocysticあるいはoligocysticの形をとると星芒状中心瘢痕もなく画像上IPMNとの鑑別が困難となる.逆に充実性の形をとると内分泌腫瘍との鑑別が困難となる.MRIも多房性でT2強調画像で内容が特徴的な高信号を示す.
3)膵管内乳頭粘液性腫瘍:
ほかに原因のない6 mm以上の主膵管の拡張がある場合には主膵管型膵管内乳頭粘液性腫瘍を疑う(図8-9-12).膵管と交通するブドウの実か房のような分枝の拡張は分枝型膵管内乳頭粘液性腫瘍である(図8-9-13).核磁気共鳴断層胆道膵管撮像法(MRCP)で全貌を描出し,CTや超音波内視鏡(EUS)で最も信頼性の高い悪性指標である造影される壁肥厚や壁在結節の有無を検索する.いずれの型でも粘液産生量が多い場合は乳頭開口部が大きく開大した特徴的な像を呈する(図8-9-14).
4)充実性偽乳頭腫瘍:
境界明瞭で被膜を有し大きくなると内部の出血や壊死で起こる囊胞化がみられるものが多く,囊胞化が全体にわたると仮性囊胞との鑑別が困難になる.被膜や内部の石灰化や骨化が30%にみられる.MRのT2強調画像で内部の囊胞化した部分が高信号にうつり,T1強調画像で充実部が造影される(図8-9-15).乏血性が多いがやや多血性のこともある.
鑑別診断
1)膵仮性囊胞(pseudocyst):
急性膵炎後に形成される急性膵仮性囊胞は病歴から明らかであるが,これがなくてほとんど症状を呈さずに形成される慢性膵仮性囊胞は鑑別が困難なことがある.
2)先天性囊胞(congenital cyst):
発生過程の異常によって膵のみに発生する囊胞と,膵のみならず肝や腎にも多発する囊胞症がある.膵囊胞線維症(cystic fibrosis)は常染色体劣性遺伝で白人に多く,クロールイオンが膜を透過しないために塩分と水分の分泌が障害されて呼吸器の進行性閉塞,各臓器の外分泌腺機能不全,粘稠な胎便による胎便性イレウスを起こし,膵でも膵液の粘稠度が増し膵管閉塞によって多数の小囊胞を生ずる.
3)貯留性囊胞(retention cyst):
腫瘍,結石,炎症などさまざまの原因で膵管狭窄・閉塞をきたし,その上流の膵管が囊胞状に拡張したものをいう.長期間経過すると内面の上皮が脱落し,組織学的にも仮性囊胞との鑑別が困難になることがある.
4)リンパ上皮囊胞(lymphoepithelial cyst):
通常男性にみられ単胞性で,内面を角化を示す扁平上皮で覆われ,囊胞壁にはリンパ濾胞などのリンパ組織を含む.腫瘍ではないが増大傾向がある.
治療
悪性の可能性の有無・程度によってリンパ節郭清を伴う膵切除か膵分節切除,脾温存膵体尾部切除,十二指腸温存膵頭部切除あるいは膵頭十二指腸第二部切除などの縮小膵切除術かを選択する.良性の場合は腹腔鏡下切除術も適応となり得る.
1)粘液性囊胞腫瘍:
一部には良性にとどまる例があると考えられてはいるが,悪性化するものとの鑑別は不可能なためすべてが膵切除の適応となる.80%以上が膵体尾部に生ずるため良性例では腹腔鏡下切除術の好適応である.悪性が疑わしい例ではリンパ節郭清を伴う切除を行う.
2)漿液性囊胞腫瘍:
症状をきたさない限り切除は不要である.切除または胆道バイパス手術が,腫瘍が増大して症状をきたした場合と肝やリンパ節転移で悪性であることが明らかなときのみ必要となる.
3)膵管内乳頭粘液性腫瘍:
前述の悪性の指標,なかでも壁在結節がみられるとその部分が切除適応となる.結節と主膵管径が大きい方が癌の比率は高くなる.悪性を疑っての切除時はリンパ節郭清を行う.
4)充実性偽乳頭腫瘍:
若年女性が多いが全例が切除適応である.転移・浸潤所見がなく可能であれば腹腔鏡下切除術を試みてよい.
経過・予後
1)粘液性囊胞腫瘍:
悪性化前に切除すれば再発しない.悪性例は浸潤,リンパ節転移,肝転移など通常の膵癌同様の進展を示す.悪性例の5年生存率は86%であるが,微小浸潤癌を過ぎて浸潤癌になると0%と予後不良である(Yamaoら, 2011).
2)漿液性囊胞腫瘍:
切除の要・不要にかかわらず予後は良好である.
3)膵管内乳頭粘液性腫瘍:
浸潤癌になると60%以上が再発する.浸潤癌でなくても残膵にIPMNの再発や通常型膵癌の発生がみられることがあるので長期にわたって慎重な観察が必要である(Tanakaら, 2011).
4)充実性偽乳頭腫瘍:
95%以上が切除で完治するが,前述の悪性所見がなくても切除後に転移再発する例がある.高齢者ほど悪性度が増す傾向がある.[田中雅夫]
■文献
Tanaka M, Chari S, et al: International consensus guidelines for management of intraductal papillary mucinous neoplasms and mucinous cystic neoplasms of the pancreas. Pancreatology, 6: 17-32, 2006.
Tanaka M: Controversies in the management of pancreatic IPMN. Nat Rev Gastroentorol Hepatol, 8: 56-60, 2011.
Yamao K, Yanagisawa A, et al: Clinicopathological features and prognosis of mucinous cystic neoplasm with ovarian-type stroma. A multi-institutional study of the Japan Pancreas Society. Pancreas, 40: 67-71, 2011.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報