日本大百科全書(ニッポニカ) 「嚢虫症」の意味・わかりやすい解説
嚢虫症
のうちゅうしょう
cysticercosis
条虫の幼虫が人体のさまざまな臓器組織に寄生することによって多様な症状が引き起こされる寄生虫症。嚢尾虫症あるいは幼条虫症metacestodiasisともよばれる。南アメリカやアジア、アフリカなどの衛生環境の整備されていない地域で多く発生するが、世界的な広がりもみせている。
有鉤(ゆうこう)条虫の嚢虫がヒトに寄生した場合は(人体)有鉤嚢虫症とよぶ。これは有鉤条虫(成虫)から排出された虫卵を経口摂取し、有鉤嚢虫が体内で発育することによって引き起こされる。有鉤条虫症の患者や家族の排泄した便が感染源となる。有鉤条虫(成虫)が腸に入ると、腸のなかで孵化(ふか)した幼虫が腸管から全身の組織に移行し、結果として嚢虫が寄生するようになる(自家感染)。有鉤条虫症は有鉤嚢虫を体内にもつ豚肉から感染することが多いとされ、十分に加熱せずに食すことで成虫が人体内に取り込まれる。
嚢虫は全身のあらゆる部位に寄生し、寄生部位に応じてさまざまな症状が現れる。筋肉や皮下組織では結節や腫瘤(しゅりゅう)がみられ、眼ではかすみ目のほか網膜炎や光彩毛様体炎などの眼嚢虫症となり失明の危険を伴うこともある。脳ではけいれんや麻痺(まひ)などを伴う脳嚢虫症を呈し、脳水腫などから死に至ることもある。中枢神経系に侵入するとてんかんなどの神経学的症状を呈する。これらの症状は感染後数か月から数年の潜伏期間を経る場合もある。
治療は手術により嚢虫を摘出するほか、アルベンダゾールやプラジカンテルなどの抗寄生虫薬やステロイド薬を使用する。脳嚢虫症では抗けいれん薬も併用する。
嚢虫症はWHO(世界保健機関)の「顧みられない熱帯病」の一つに指定され、流行国での制圧が目ざされている。
[編集部 2016年5月19日]