翻訳|pork
ブタはウシと同じころ,定着農業の発展とともに家畜化された。ヨーロッパでは前2500年ころの新石器時代にブタは飼われており,古代ギリシア人はこれを肥育して盛んに食べていた。古代ゲルマン人やローマ人は,ことに豚肉の愛好者であった。ブタの祖先種であるイノシシは温帯地方の生物で,旧大陸の同地帯に広く生息していたため各地で独立に家畜化された。中国では野猪(やちよ)より家畜化され,最古の食用獣である。日本でも縄文時代以後イノシシは盛んに食べられていたが,野猪がいつ家畜化されたかについては異論があってはっきりしない。家畜化されたブタは《続日本紀》によると和銅年間(708-715)に筑後守道君が住民に農作物を植えしめ,鶏や肫(豚)を一定の飼い方によって飼わしめて,地方の産業に尽くしたとある。これらのことによって,九州では早くから大陸からの渡来民によってブタが飼育されていたことがわかる。なお,イスラム教圏では宗教上の禁忌によって豚肉は食用にされない。
屠畜(とちく)場に運ばれたブタは次の手順で解体される。(1)十分休養させたのち,ブタの表皮の清掃と体温の低下を目的として,ブタの体を水で十分に洗う。(2)電気ショックで失神させたブタ(これ以外に欧米では炭酸ガスで麻酔する方法が実用化されている。このほうがよい肉質が得られるといわれている)は,後肢のアキレス腱と脛骨の間に刀を入れてすきまを作り,このすきまに鉄製のフックを入れて電動の巻上機で引き上げてブタをつり下げる。(3)心臓の基部前大静脈を切って放血する。(4)剝皮(皮はぎ)は主として関東で行われ,剝皮刀または電動剝皮機で皮をはぐ。関西では湯はぎをする。その方法は,屠体を60~65℃の湯槽の中へ3~6分漬け,その後に屠体を引き上げて,脱毛機またはスクレーパーで脱毛する。欧米では主として湯はぎが行われる。(5)再び倒立の形でつり下げ,腹側正中線に沿って,腹,胸および頸を切り開き,横隔膜の筋柱は体壁付着部から切り放し,消化器と内臓は全部,外部生殖器も含め,気管,食道,舌までつけて摘出し(日本では腎臓と腎臓周囲脂肪は体壁につけて残す),台の上にのせる。この際,恥骨結合はのこぎりで切り放す。また最初に刀は肛門,外部生殖器を輪状にくりぬいて順次に上から下へ(尾の方から頭の方へ)内臓を落として,屠体と内臓の接触を極力少なくして屠体の汚染を防ぐようにする。(6)頭部を後頭骨と第1頸椎の間で切り放す。(7)つめをかぎ状の鉄でひっかけて取る。(8)前肢切断。手根骨と中手骨の間の関節部で切り放す。(9)後肢切断。足根骨と中足骨の間の関節部で切り放す。(10)尾断。第3尾椎と第4尾椎の間の関節部で切断する。(11)半丸の分断。脊椎骨の正中で左右の半丸に鋸断(きよだん)する。以上の半丸と内臓は屠畜検査員の検査を受け,合格したものは冷却室に入れて保管する。取引は半丸屠体について行われるが,最近では半丸屠体を解体処理して部分肉で流通することが徐々に増加している。
豚肉の組成は水分55~70%,タンパク質14~20%,脂肪3.5~30%,炭水化物0.2~0.5%で,水分と脂肪含量は逆比例し,豚肉の部位,肥育の程度によって脂肪の含量は変動が大きい。タンパク質のアミノ酸組成は,人体必須のアミノ酸をバランスよく含み,優れたタンパク食品である。また脂肪は不飽和の脂肪酸であるリノール酸,リノレン酸,アラキドン酸を牛肉や羊肉より多く含み,融点が低く,柔らかい。またビタミンに関してはビタミンB複合体(チアミン,リボフラビン,ナイアシン,パントテン酸,ビタミンB6,葉酸,ビオチン,ビタミンB12)が豊富で,人体にとってこれらビタミンB複合体のよい供給源である。ビタミンA,C,D,EとKは少ない。ミネラルは鉄の含有量が多く,鉄のよい供給源であるが,カルシウムは少ない。豚肉は肉色素の含量が約0.06%(牛肉の約1/9)で淡灰紅色を呈する。筋繊維は纎細で柔らかく,生肉用としても加工用としても独特の価値がある。ブタの屠体は図のようにもも(ハム),ロース,ばら(ベーコン),かたに分けられる。ヒレは骨盤内部にある腰筋で,豚肉中最も柔らかく,加工原料とせずもっぱら精肉用とする。日本の1995年における豚肉の国内生産量は約130万tであり,輸入量は約80万tで輸入先はアメリカ,カナダ,デンマークである。輸入の豚肉はほとんどハム,ベーコン,ソーセージなどの加工原料である。
執筆者:森田 重広
豚肉がハム,ベーコン,ソーセージなどとして冷たい料理に用いられるのは,牛脂にくらべて融解点が低く,人間の口中の温度でよく溶けるためである。また,全体に肉質が柔らかいので,調理法による使用部位の幅も広い。豚肉の料理はきわめて種類が多いが,以下特色のあるものをいくつか紹介する。日本を代表する洋風肉料理の〈とんかつ〉(カツレツ)は,ヒレ,ロースを最もよしとするが,かたロースやもも肉を用いることも多い。東坡肉(トンポーロー)(東坡煮(とうばに),豚の角煮ともいう)はばら肉の塊をゆでてから油で揚げ,これを厚く切ってしょうゆ,砂糖,八角(はつかく),サンショウなどを合わせた汁を注ぎ,容器のまま強火で肉がとろりとなるまで蒸す。簡単につくる場合は,角切りにした肉を蒸すかゆでるかした後,しょうゆその他の調味料,香辛料を加えて長時間弱火で煮込む。中国北宋の文人蘇東坡(軾)が好んだといい,日本では卓袱(しつぽく)料理の代表的品目の一つになっている。〈豚骨(とんこつ)〉は鹿児島の郷土料理として知られるもので,骨つきのばら肉を焼酎(しようちゆう),みそ,黒砂糖などで煮込んだものである。
執筆者:平野 雄一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
食用肉の一種。ハム、ソーセージなどの加工原料としての用途も大きい。脂肪はラードとして利用される。
[河野友美]
ブタの先祖である野生のイノシシは、アジア、ヨーロッパに広く分布していた。そのため、イノシシを食用にすること、また、イノシシを捕らえて飼育することは早くから中国やエジプト、ギリシアなどで同時発生的に行われている。中国では紀元前2200年ごろにはすでにブタが飼育され、豚肉は羊肉とともに重要な食肉となっている。また、古代エジプトの原始農耕時代(前5000以降)に養豚が行われていたことが壁画にうかがえる。古代ギリシア(前2000ころ)では豚肉を食べることが一般的に広がり、ハムやソーセージのような肉加工品もつくられている。一方、イスラム教やユダヤ教、ヒンドゥー教では豚肉をタブー視し、徹底して豚肉を避けている。中国のように豚肉を多く食べる国では、イスラム教徒専門の飲食店が存在し、主として羊肉や牛肉を用いている。
日本では、縄文・弥生(やよい)時代の貝塚からイノシシの骨が出土しており、なかには鏃(やじり)の刺さったままの骨片もあった。銅鐸(どうたく)には、イヌを使い、弓矢でイノシシを狩る図も描かれている。この時代、イノシシの肉はシカの肉とともにもっとも多く食用とされていた獣肉である。『古事記』には、天皇の食事を奪った山代(やましろ)の猪甘(いかい)の伝承があり、猪甘(猪飼)部の部民がイノシシを飼養しながら天皇の食事にも奉仕していたことを思わせる。このとき飼養された「猪(いのしし)」が、家猪(かちょ)すなわちブタ(豚)であったか、野猪すなわちイノシシであったのか諸説あるが、おそらくはイノシシは家畜化に至らず、したがってブタの飼養も行われなかったと思われる。中国の影響を受けて、沖縄地方で早くから豚肉が食用とされていた(室町中期には豚肉を用いた沖縄料理のあったことが記録にある)。江戸時代には、沖縄から養豚が鹿児島に伝わり、鹿児島でも豚肉を食用とすることになった。また、とくに長崎では中国から養豚が伝わり、長崎に在留する外国人のためにも養豚と豚肉を食べることがかなり一般化していた。明治になって肉食が奨励されたが、豚肉よりも牛肉が中心で、豚肉が全国的に普及したのは明治中ごろからである。
[河野友美]
豚肉は淡紅色で肉質が柔らかく、脂肪が肉と層状になっている。牛肉や鶏(とり)肉に比べ一般に脂肪が多いと思われているが、近年は嗜好(しこう)の変化から脂肪の少ない品種に改良され、ヒレ、もも肉など部位を選べば、むしろ他の肉より脂肪は少ない。豚肉の脂肪は融点が低いので、口中で滑らかな感触がある。脂肪層が白くて餅(もち)状のものがよい豚肉である。部位は通常、かた肉、かたロース、ロース、ばら肉(三枚肉ともいう)、ヒレ、もも、そとももに区分される。ヒレはもっとも柔らかい部分で、脂肪も少ない。ばら肉は脂肪がもっとも多く、ベーコンに加工される部分である。中国、沖縄など豚肉の利用の多い所では、以上の肉のほかにあらゆる部分が利用される。あばら骨(スペアリブともいう)、足、頭、皮、耳、鼻、内臓、血液などいろいろに特有な料理にされる。
[河野友美]
脂肪、タンパク質のよい給源で、ビタミンでは牛肉や鶏肉に比べB1が多い。とくにヒレ、もも肉など脂肪の少ない部位にビタミンB1が多く、牛肉や鶏肉の約10倍含まれる。脂肪は牛肉に比べ、リノール酸が多いのが特徴。
[河野友美]
有鉤条虫(ゆうこうじょうちゅう)などの寄生虫の心配があるので生食を避け、よく火を通す必要がある。料理にはカツレツ(とんかつ)、ステーキ、ローストポーク、バター焼き、しょうが焼き、焼き肉、酢豚、豚汁、炒(いた)め物、煮込みなどが一般的。焼き豚(または焼き肉)は、しょうゆ、酒、スパイスで調味したロースまたはもも肉をあぶり焼きしたもの。沖縄料理には数多くの豚肉料理があるが、代表的なものは、らふてー(沖縄風ブタの角煮)、コンブとあばら骨を煮込んだそーき骨の汁物、足てびち(足とコンブを薄味に煮込んだもの)などがある。また、保存のため塩漬け豚肉をつくり、これを料理に用いる。ドイツ料理のアイスバイン(もも肉の塩漬け)、アメリカ料理のポークビーンズなど各国に豚肉料理がある。
[河野友美]
『畑田勝司監修、食肉通信社出版局構成・編『豚枝肉の分割とカッティング 豚肉を商品化するまで』(2002・食肉通信社)』▽『石川楨三著『豚肉を極める――おいしい豚肉づくりに賭ける』(2004・グラフ社)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…このような家畜の徹底的収奪は他の地域にはあまりみられない。中国では牛は耕作用として盛んに利用されてきたが,伝統的な中国料理は豚肉が中心で,原則として牛肉は登場しない。牛は人間のために働いてくれたので,食肉にするにはしのびないとする。…
※「豚肉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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