四柳村(読み)よつやなぎむら

日本歴史地名大系 「四柳村」の解説

四柳村
よつやなぎむら

[現在地名]羽咋市四柳町

酒井(さかい)村の北東に位置し、西部は邑知(おうち)平野、東部は碁石(ごいし)ヶ峰北西麓丘陵に立地。内浦街道に沿う街村。承久三年(一二二一)九月六日の能登国田数注文に「四柳保」とみえ、同元年の立券で、もとは五町五段であったが二町一段一に減少している。文明五年(一四七三)の北野社領諸国所々目録(北野神社文書)に「四柳庄」とみえ、これよりさき京都北野社領になっていたが、当時すでに守護請地であった。長享二年(一四八八)四月一四日、社家(松梅院)の直務となった(北野社家引付)。


四柳村
よつやなぎむら

[現在地名]丸岡町四ツ柳(よつやなぎ)

丸岡城下の南方に位置する農村。東は高田(たかだ)村、西は端保(たんぼ)村。天正一三年(一五八五)閏八月二二日付堀秀政知行安堵状(多賀家文書)に、多賀源介知行所として「四柳内板倉出作」とある。

慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では「高ほこノ郷」に含まれる。村名は正保郷帳にみえ、田方五六九石余・畠方五四石余。このうち四八七・九四七石は丸岡藩領、残る一三六・二四三石は福井藩領とあるが、元禄郷帳で前者は旗本本多大膳知行所、後者は丸岡藩領となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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