土橋友直(読み)つちばしゆうちょく

百科事典マイペディアの解説

土橋友直【つちばしゆうちょく】

江戸中期の学者,教育者。通称は七郎兵衛,四郎兵衛,号は誠斎,古好堂。国学・和歌・医・儒を修める。大坂尼崎町の町人学問所懐徳(かいとく)堂より9年早く1717年摂津(せっつ)国平野(ひらの)郷町(生地)に郷学舎含翠(がんすい)堂を創立,初代懐徳堂学主三宅石庵(せきあん),伊藤仁斎(じんさい)の子伊藤東涯五井蘭洲(らんしゅう)の父五井持軒(じけん)らを招いて講説させた。友直の没後も懐徳堂講師が多く参加し,維新に及んだ。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

土橋友直 つちはし-ともなお

1685-1730 江戸時代中期の儒者。
貞享(じょうきょう)2年生まれ。摂津平野郷町(大阪府)七名家の一つ土橋家をつぐ。河瀬菅雄(すがお),伊藤仁斎,三輪執斎(みわ-しっさい)にまなぶ。享保(きょうほう)2年平野郷町の有志と含翠堂(がんすいどう)を創立,堂主となった。享保15年10月2日死去。46歳。和泉(いずみ)(大阪府)出身。本姓は三宅。通称は七郎兵衛。号は誠斎,好古堂。

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朝日日本歴史人物事典の解説

土橋友直

没年:享保15(1730)
生年:貞享2(1685)
江戸中期の民衆教育実践家。和泉国(大阪府)貝塚に三宅孫左衛門友政の子として生まれる。15歳のとき三宅如幽の養子となり,22歳で,その娘豊と土橋家(薬種業)を継ぐ。河瀬菅雄から和学を,伊藤仁斎から古学を,さらに三輪執斎から陽明学を学ぶ。特に陽明学の知行合一の趣旨に共鳴し,従来の儒学の学習会を随時・任意的なものから恒久・計画的なものへと転換させ,享保2(1717)年,郷町民有志と同志中という組合を結成し,庶民が設立運営する郷学・含翠堂を設立した。含翠堂は大坂の知識人によって享保9年に大坂市中に設立される懐徳堂に影響を与えた。<参考文献>津田秀夫「含翠堂創設者土橋友直」(『近世民衆教育運動の展開』所収)

(渡辺弘)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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