平安末期から鎌倉時代にかけて散見する在庁職。多く有力な在庁官人が帯有した。その実態については不明な部分も多く判然としないが,日向・豊後の日下部(くさかべ)氏,筑前の草野氏,薩摩の大前(おおくま)氏,あるいは石見の藤原氏などおもに西国地域の在庁層に散見する。在国司の淵源は,国司の遥任化が進展する平安中期以降,不在がちの国司に対して,在国する国司を指す呼称であると考えられている。《左経記》長元4年(1031)6月11,12日条や《行親記》長暦1年(1037)5月20日条に見える在国司の事例は,そうした意味での早い例である。平安末期になると上述の意味とは別に有力在庁官人の呼称としての在国司の例が多く見られ,相伝所職として在庁の帯有するところとなる。在庁官人一般を統轄する,いわば在地における有勢者としての側面から在国司の呼称が用いられるに至ったものである。鎌倉時代の説話集《十訓抄》には陸奥国をその武威によって支配した藤原基衡が在国司と呼ばれたことが見えているが,これも基衡が国司にも匹敵する在地の実質的権力を保有していたためであろう。
執筆者:関 幸彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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