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堀米庸三 ほりごめ ようぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

堀米庸三 ほりごめ-ようぞう

1913-1975 昭和時代の西洋史学者。
大正2年2月24日生まれ。北大教授などをへて昭和31年東大教授。著書「中世国家の構造」は戦後のヨーロッパ中世史研究の基礎をきずく。宗教史,文明史までその視野は幅ひろい。東大紛争では文学部長として解決に努力した。昭和50年12月22日死去。62歳。山形県出身。東京帝大卒。著作に「西洋中世世界の崩壊」「中世の光と影」。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

堀米庸三
ほりごめようぞう
(1913―1975)

西洋中世史家。山形県に生まれる。東京の芝中学校から第一高等学校を経て東京帝国大学西洋史学科を卒業し、神戸商科大学1941~47)、北海道大学(1947~56)を歴任したのち、1956年(昭和31)から東京大学教授(文学部西洋史学科)を務めた。北大在職中に発表した『中世国家の構造』(1949)は封建社会における国家のありようをめぐる幅広い論議を喚起した。東大に移ってからは総合的な西洋中世史像を考える傾向を強めた。『中世の光と影』(1967)はその成果の最良のものである。1968年以降、東大紛争が激化した。堀米は一時は文学部長として紛争の解決に努力するとともに、つねに文明論的視点からこれを評価する発言を絶やさなかった。[堀越孝一]
『『中世の光と影』(講談社学術文庫) ▽『中世国家の構造』(『ヨーロッパ中世世界の構造』所収・1976・岩波書店)』

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世界大百科事典内の堀米庸三の言及

【西洋史学】より

…しかしその中にあって,箕作の自由主義的歴史観を受け継ぐ今井登志喜(1886‐1950)が,大正末期いらいの日本における社会問題の深刻化に触発されつつ,イギリス社会史,都市発達史など斬新なテーマと取り組み,社会経済史的な考察方法を導入したことは,先駆的な意義をもっている。また上原専禄のドイツ中世史研究は,原史料の綿密な操作という点で,これまた画期的なものであり,その学統は経済史の面では増田四郎(1908‐97),国制史の分野では堀米庸三(1913‐75)に継承されて,第2次大戦後の西欧中世史研究を基礎づけることとなった。 今井の門下からは,当時異端視されていたマルクス主義の歴史観に立つ新世代の研究者も輩出し,そこへ大塚久雄の理論的にすぐれた近代資本主義研究からの強い影響が加わって,日本の敗戦に続く戦後改革の時期には,かつての政治史にかわって社会経済史が学界の主流を形成した。…

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