増尾村
ますおむら
[現在地名]柏市増尾・加賀一―三丁目・中原一―二丁目・増尾台一―四丁目など
名戸ヶ谷村の南、大津川左岸の台地上に位置し、南は支谷を挟んで藤心村・逆井村。「まそう」ともいった(元禄一三年頃の下総国各村級分)。大津川沿いの低地に舌状に突き出た台地の突端、字宮根には鎌倉時代の社殿創建を伝える広幡八幡宮があり、同宮の境内に重なる宮根遺跡では縄文時代・弥生時代の遺跡が重層的にみられる。中世には相馬御厨のうち。
増尾村
ますおむら
[現在地名]小川町増尾
腰越村の北東、槻川の左岸に位置する。北は大塚村・飯田村。古くは猿尾と記し、貞享四年(一六八七)増尾に改めたという。玉川領に属した(風土記稿)。村の中央を川越秩父道がほぼ東西に通り、街村を形成する。文永六年(一二六九)仙覚は「武蔵国比企北方麻師宇郷」において「万葉集註釈」を著しているが、この麻師宇郷は当地一帯に比定される。検地は慶長二年(一五九七)大久保石見守によって実施されたと伝える(風土記稿)。田園簿では猿尾村とみえ、田高二二石余・畑高二七石余、幕府領。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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