多々羅文雅(読み)たたら ぶんが

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「多々羅文雅」の解説

多々羅文雅 たたら-ぶんが

1820-1895 江戸後期-明治時代の僧。
文政3年生まれ。長門(ながと)(山口県)萩の満願寺で得度し,天保(てんぽう)9年讃岐(さぬき)(香川県)小豆島の阿弥陀寺住持となる。荒廃した同寺を復興し,また土地の開墾,公共建造物の建設などにつくした。明治28年4月28日死去。76歳。周防(すおう)(山口県)出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む