大井平村(読み)おおいだいらむら

日本歴史地名大系 「大井平村」の解説

大井平村
おおいだいらむら

[現在地名]津南町上郷大井平(かみごうおおいだいら)

宮野原(みやのはら)村の東。信濃川右岸に並行して走る善光寺道に沿って下流から灰雨(はいざめ)・今井(いまい)の集落があり、今井の南に大井平の集落がある。古くは当村と宮野原村・子種(こたね)新田・芦(あし)ヶ崎(さき)村を大井平郷と称し、天和三年(一六八三)の各村検地帳にもこの郷名を冠している。天保郷帳によると、かつては大井平村・今井村・灰雨村の三ヵ村であった。正保国絵図に大井平村高七四石余・今井村高二〇石余・「灰鮫村」高一一石余が記される。正保二年(一六四五)の地境覚(橋野英雄氏蔵)によると、このとき当村は高田藩士片山主水の知行地で、代官前川喜左衛門により子種新田との地境争論が裁許されている。


大井平村
おおいだいらむら

[現在地名]香北町大井平

物部(ものべ)川の北岸、支流久保(くぼ)川を境に長野(ながの)村の北東に位置し、北東は同じ段丘上の梅窪(うめのくぼ)村。本流対岸は禰須(ねず)村。集落のある段丘面は長野村や禰須村よりも五〇メートルほど高い。「太井平」「多平」とも記される。

天正一六年(一五八八)の韮生谷地検帳では、屋敷と屋敷回りの耕地を含めて六筆にまとめたごく大まかな把握の仕方で太井平名一町九反余はすべて野中宮熊給とされ、「高ハ弐貫ノ名ト有」との添書がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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