今井(読み)いまい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

今井
いまい

奈良県奈良盆地南部,橿原市の中心市街地の一部。旧町名。飛鳥川をへだてて八木と接する。室町時代末期,今井兵部が建設した寺内町で,称念寺をはじめ,現在も町並みをよく保存し,八つ棟造りの今西家ほか7棟の民家重要文化財に指定されている。

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百科事典マイペディアの解説

今井【いまい】

奈良県橿原(かしはら)市の地名。一向宗道場(のちの称念寺)境内に成立した寺内町に淵源し,歴史的町並みで著名。1541年石山(いしやま)本願寺大坂御坊)の今井兵部豊寿が本願寺の道場を建て,境内に町割を敷いた。今井氏家譜によると境内地は武装していたが,1575年織田信長に敗れたという。江戸時代初期は東西約610m,南北約310m,東西南北9所の門があり,夜は4所を閉ざした。今西・尾崎,のち上田を加えた3家を惣年寄とする自治組織を持ち,初め幕府領であったが大和郡山(こおりやま)藩領を経て幕府領。藩領時代今井町を称し,南・西・東・北・今・新の6町,戸数約1200戸・人口約4000人の豊かな町となった。今西家を含む8軒の住宅が国の重要文化財に指定され,現戸数約800戸の8割が江戸時代の民家。

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世界大百科事典 第2版の解説

いまい【今井】

奈良県橿原市に属する旧高市郡の一町。環濠集落寺内町(じないちよう),町人住宅(町屋(まちや))街の伝統を伝え,その歴史的町並みが有名である。今井町は16世紀半ば(天文年代)に大坂本願寺の兵部卿法印豊寿が南大和の中心的宿場町八木の西方の今井庄に一向宗道場として今井御坊(称念寺)を建立,門徒の浪人や商人らを集めて寺内町を開いた。町域は4町四方,外周には水濠をめぐらして要塞化した。1575年(天正3)に織田信長に屈服したが,堺と姉妹町の関係にあったため,寺内町として今井兵部卿歴代の支配が認められ,徳川幕府もこれを承認した。

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大辞林 第三版の解説

いまい【今井】

奈良県橿原市、飛鳥川西岸の水濠に囲まれた街区。室町時代末期、一向宗の僧今井兵部が四町四方を画して建設した寺内町。古い町並みを残す。

いまい【今井】

姓氏の一。

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日本の地名がわかる事典の解説

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

今井
いまい

奈良県中西部、橿原(かしはら)市の一地区。旧今井町。飛鳥(あすか)川西岸にある部分的に水濠(すいごう)に囲まれた南北300メートル、東西600メートルの地区。現存する民家の約8割は江戸時代からのもので、特徴的な寺内町(じないまち)の姿をとどめている。室町末期、石山本願寺の家衆今井兵部(ひょうぶ)が御坊(称念寺)を建て、4町四方に堀を巡らし、防衛的寺内町を建設したのに始まる。称念寺や豊田家、今西家など9件が国の重要文化財となっている。1993年(平成5)国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。[菊地一郎]

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