日本歴史地名大系 「大倉幕府跡」の解説
大倉幕府跡
おおくらばくふあと
源頼朝墓の下方、
幕府の敷地について「風土記稿」は方六町ばかりとするが、東西の間口は南の線で約三七〇メートル(約三町半)、南北約二二〇メートル(約二町)と想定できる。東西の間口は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
源頼朝墓の下方、
幕府の敷地について「風土記稿」は方六町ばかりとするが、東西の間口は南の線で約三七〇メートル(約三町半)、南北約二二〇メートル(約二町)と想定できる。東西の間口は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...