大島有隣(読み)おおしまうりん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大島有隣」の意味・わかりやすい解説

大島有隣
おおしまうりん

[生]宝暦5(1755).武蔵
[没]天保7(1836).10.22. 江戸
江戸時代後期の心学者。名は義展,通称幸右衛門。生家は代々名主。初め中沢道二に師事し心学を学ぶ。これを契機天明5 (1785) 年同郷の友人とともに郷里北葛飾郡大島に恭倹舎を創設し,学問流布に努める。のち江戸に出て,参前舎および盍簪舎を再興してその舎主となる。文政2 (1819) 年江戸人足寄場教諭方となり,以来 18年間その教化に従事した。この間,諸国大名旗本など有隣に道を聞く者は多く,その教化は全国に及んだ。彼の心学に関する著作としては,『心学和合歌』『心学初入手引草』『心学心得草』がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大島有隣」の解説

大島有隣 おおしま-うりん

1755-1836 江戸時代中期-後期の心学者。
宝暦5年生まれ。中沢道二(どうに)に心学をまなぶ。天明5年に恭倹舎を設立。江戸神田の参前舎,四谷の盍簪舎(こうしんしゃ)を再建,復興させた。中国地方でおしえたあと,江戸人足寄場の教諭方をつとめた。天保(てんぽう)7年10月22日死去。82歳。武蔵(むさし)葛飾郡大島村(埼玉県)出身。名は義展。通称は幸右衛門。著作に「心学和合歌」「心学心得艸」など。

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367日誕生日大事典 「大島有隣」の解説

大島有隣 (おおしまうりん)

生年月日:1755年12月4日
江戸時代中期;後期の心学者
1836年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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