コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大島流 オオシマリュウ

デジタル大辞泉の解説

おおしま‐りゅう〔おほしまリウ〕【大島流】

江戸初期に、大島伴六吉綱(ばんろくよしつな)が始めた槍術(そうじゅつ)の一派。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

大辞林 第三版の解説

おおしまりゅう【大島流】

やり・薙刀なぎなた術の一派。祖は大島伴六ばんろく吉綱。江戸初期に起こる。

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大島流
おおしまりゅう

近世槍術(そうじゅつ)(素槍(すやり))の一流派。流祖は大島伴六吉綱(よしつな)(1588―1657)。吉綱は幼少より槍術を好み、諸国を歴遊して槍法を究め、加賀の前田利長(としなが)に仕えた。大坂夏の陣に加賀勢が城中に攻め入った際、奮戦中に敵弾を足に受けて重傷を負い、前田家を退身し浪人した。のち1633年(寛永10)46歳のとき、柳生宗矩(やぎゅうむねのり)の推挙で紀州の徳川頼宣(よりのぶ)に仕え、知行(ちぎょう)300石、諸役御免、大番組に編入され、家中に槍術を指南した。同36年750石に進み、柄の定寸1丈1尺8寸(約3.6メートル)、銀杏穂(ぎんなんほ)の槍をもって天下に名をはせた。門人に戸塚五左衛門勝政(戸塚流の祖)、高田八左衛門、奥野伴五郎らがある。次男の雲平常久(うんぺいつねひさ)(号草庵(そうあん)、1623―96)が父の業を継いで、さらに精妙さを加えた。門人も多かったが、なかでも種田平馬正幸(たねだへいままさゆき)(種田流の祖)、土屋立右衛門(のち大島以心典朗(いしんのりあき))らが傑出していた。なお、常久の系統を草庵流、父伴六の系統を大島古流という。[渡邉一郎]
『『南紀徳川史 第1冊』(1931・同書刊行会)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

大島流の関連キーワード土屋竜右衛門黒田十兵衛信田作太夫南紀徳川史大島吉綱篠山光官大島喜侍種田正幸種田流

今日のキーワード

主婦休みの日

1、5、9月の25日。年3回。株式会社サンケイリビング新聞社が制定。主婦にはリフレッシュ、ほかの家族には家事を提唱する。年末年始、ゴールデンウィーク、夏休みといった忙しい期間の後に設定されている。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

大島流の関連情報